春の国

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 男の子がびくびくしながら赤目玉にかぶせられた布を取るか、取るまいかと迷っているうちに、ウェルはこの非常事態を何とか脱するべく、懸命(けんめい)に頭を巡らせた。そしてとにかく、赤目玉に死んだフリをさせて子どもたちの興味を失わせる作戦に出ることにした。動かない虫など、子どもたちにはきっと面白くないはずだ、というウェルの予想である。 「うえ、何だコイツ……目がひとつしかないよ……」  恐る恐る開けられた布のすき間から見えたのは、ちょっと涙目になった茶色髪の少年だった。なぜかびりびりに破れた大人もののワイシャツを着ていて、何かでパンパンに膨(ふく)らんだ小さなカバンを肩から下げている。 「テオ、泣いた」 「ちっ、違うもん! 泣いてなんかいないやい!」  テオと呼ばれた少年は上を向くと、目にたまった涙をごっくんと飲み込んだ。テオの後ろでは、薄紫色の長い髪をした女の子が立っている。女の子はおもむろに布の方へ近づいていき、テオが指の先でちょっとだけ持ち上げていた布をぱっと取り去った。そして布の中から現れたウェルの赤目玉を、じっと見下ろした。  女の子は赤目玉の前にちょこんと座ると、躊躇(ちゅうちょ)もなく赤目玉をひょいとつまみ上げてしまった。 「うわぁ、ミ、ミユティ、危ないよ! 噛まれる!!」  慌てるテオにミユティはくいと向き直り、赤目玉をテオの顔の前に差し出した。 「虫、元気ない。ミユ、おうちに連れて帰って、お世話する」  ここで焦ったのはウェルである。どうやら、作戦が逆効果になってしまったらしい。目玉の向こうに冷や汗だらけのウェルがいるなどとはつゆ知らず、子どもたちは赤目玉を虫かごに入れて持ち帰った。
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