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バカでかい蛍光灯の下で、たくさんの影があっちへこっちへ動く。大学入学からそろそろ一ヶ月、GW目前というところで空気を読まずに暴れたインフルエンザにやられた好希は、憂鬱な気分で独特の匂いが漂う通路を歩いていた。黄色の偽スリッパみたいな靴を引っ掛け、ぺたぺたと総合受付まで戻ってくる。
「……」
手近の椅子に座る。右も左も前も後ろもマスク。当然好希もマスク。マスク率100パーセントな空間に、若者は自分一人だけのようだ。壁掛けのテレビにちらっと目をやる。大相撲だ。興味がないので視線を逸らし、お年寄りハウスだ!とか脳内で叫びながら、うら若い人影を求めて身体を捻ってみる。
「あ……」
いた。ゆるふわセミロングの黒髪。「あ……」とのんびりヴォイスを放った口元は、無謀にもマスクなし。ぱっちりおめめ。色白。手には某書店のエコバッグ。ひゃっはー、わかいおんなだぁーと歓喜の声を上げるでもなく、話しかけることもなく、ぼーっと同い年くらいの少女の顔を見つめる。と、今度は何故か向こうから近寄ってくる。
「ね、ね、……好希ちゃん、だよね?」
「ええっと……?」
少しトーンを落としたひそひそ声。どうやら知り合いらしい。貧困な記憶を手繰り寄せ、大学入学から一ヶ月ちょっとの間に生まれた人間関係を思い起こす。
「……グループワークで、一緒だった人? ごめん、ボク、記憶力なくて」
「ううん、合ってる。真木野 遼(まきの はるか)だよ。わたしのこと、覚えててくれたんだ。よかったぁ……」
くしゃっと安堵のスマイル。名前までは覚えていなかったが、内緒にしておこう。
「好希ちゃんは風邪? なんか最近流行ってるよね」
「うん。真木野さんは?」
「わたしはばあちゃんのお見舞い。ここに入院してるんだ。ほんとはお母さんが来る予定だったんだけど、急遽仕事が入っちゃって」
○○さま○○さまー、五番の会計カウンターまでお越しください的な院内放送が流れる。周囲がうるせえぞ小娘どもみたいな空気だったので、遼とさりげなく窓際の薄緑色の席まで移動する。ガラス越しに見える馴染みのない町並みは、心なしかねずみ色で、くぐもった湿気を帯びている気がした。
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