桜の記憶

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いつもは若草やいろとりどりの花に覆われた丘が、毎年決まった、とても短い間だけ薄紅色に染まる。 秋の国に通ううち、たびたび道に迷ってはこの花の国へと足を踏み入れることになったのだ。 そんな情けないことを考えながら、ある意味行き慣れた道を、男は歩いていた。 穏やかな風にモスグリーンのジャケットが翻り、薄紅色の花弁が舞い落ちる。 男が歩く道の左右に、秋の国の神社に植わっているのと同じ、どっしりとした大木が並んでいた。 違うのは、神社では常に紅葉しているのに対し、こちらはどの木も満開の花を咲かせているということだ。 桜を見てみたい、と言った彼女にこの光景を見せてあげられたら。 毎年のように思っては、実現する手立てもなく毎年落胆する。 今年もただ眺めるだけで、自分だけが桜を見たことを心苦しく感じたそのとき… 桜の木の下に、何かが、いた。 「……えっ!!?」 もぞもぞと下の方でうごめく影に、怪我人か病人かと男が慌てて駆け寄る。 ところが、太い幹の向こうを覗きこんでみれば、そこにいたのは幼い少女だった。 『……ぅ?』 「な、なんでこんなところに…こんな小さい子が?」 見回しても、保護者らしき人影はない。というより、男と少女以外誰もいない。 「えぇっと~…君、名前は?迷子になっちゃったのかな☆」 『まいご…?りぃ~る、まいっご!』 「え、ホントに迷子なの!?困ったなぁ。ええぇっとぉぉ…リルちゃん、っていうのかな?」 『えへへ~、りる!だぉ!』 「そっかぁ。じゃぁリルちゃん、お母さんはどこにいるのかわっかるっかな~?」 『?りる、ひとり、よ。りるはよぉせいだから、ここに、いゆの』 「え?なになに、妖精?」
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