3444人が本棚に入れています
本棚に追加
「…………」
予想していたとはいえ、いざ真正面からその言葉をぶつけられると、反応が鈍るものだ。
「沢木さん。この数日間、失礼ながら貴方のことは監視させて頂きました。貴方は今、鴉麻万凶に脅され、無理矢理匿うように命じられているのでは? だとすれば、一刻も早く、奴から解放されたいと思っているのでは?」
「…………」
「我々と貴方の利害は一致しています。ならば、これは双方ともに利益のある提案だと思うのですが」
「……俺は、小太郎君から解放されるため。アンタ等は、敵である小太郎君を葬るため。敵の敵は味方ってわけか」
「ご名答」
そう。
俺は今、小太郎君を匿っている立場。監視していたということは、江本も、その事実は既に知っていることだろう。
例えば、小太郎君の大好きな入浴の時。同じく大好きな就寝の時や食事中の時。
いくらプロの壊し屋とはいえ、そういった日常の中であれば、小太郎君に油断や気の緩みが生まれるかもしれない。
小太郎君相手に真正面から対峙するのは不可能と考え、"いつでも隙をついて寝首を掻く機会を持っている俺"を味方として取り込もうという魂胆か。
確かに、真正面からぶつかるよりも、いくらか成功率が高い。そもそも、化け物を相手にするのに正攻法なんざ必要ない。
「勿論、御引受け下さるのであれば、それ相応の御礼は支払わせて頂きます。私は、手段はどうであれ、鴉麻万凶を亡き者に出来ればそれで構いません」
「…………」
「どうかされましたか? 何か不服でも?」
「……いや、」
不服なんてない。
江本の言うとおり、この提案は俺にとっても利益はあるのだ。
「ではまさか、鴉麻万凶を庇うおつもりですか? 匿っている内、奴に情でも湧きましたか?」
「別に、そういうわけじゃない」
俺だって、小太郎君の存在には正直迷惑してるんだ。
主に、家計的な意味で。
あんな危険な子と生活を共にしろだなんて、拷問も良いところ。出来ることなら、一刻も早くなんとかしたい。
だからこそ、鷹峰会の要求を呑むのも、正直吝かではないと言える。
だけど。
けれども。
それでも。
「……悪いけどさ」
ふと視界に入ったそれは、ローテーブルの上に出しっぱなしにされていた江本の名刺だった。
それを手に取り、俺は真っ二つに引き裂いた。
「――返答はノーだ。断る」
最初のコメントを投稿しよう!