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◇ ◇ ◇
ソメイヨシノの蕾がちらほらと萌えている。辺り一面四方八方が春の到来を歓喜しているようだ。
後二週間もすればここ蒔場公園の桜も開花することだろう。宴好きの連中が大騒ぎする様が目に浮かぶ。その内の一人が確実に俺だったりするのはご愛嬌って事で。
近い将来行われるであろう豪奢な花見を想起しながらノロノロ歩いていると、背後ろから淑やかな声が。
「……はじめましてと言うべきかな」
「はじめまして、ですね」
金髪の彼女は、その出来過ぎた美貌を朱色に染めて、満開の笑顔を覗かせた。
「……驚いた。アンタ凄く綺麗だよ」
「ナンパ、してくれます?」
「是非とも」
恭しく一礼してデートに誘う。彼女は二つ返事でOKをくれた。
「少し歩きましょうか」
「良いね歩こう」
懐の淋しい俺としては願ったりの申し出だ。いや、仮に俺の財布が潤っていたとしてもやはり俺はYESと頷いていただろう。
飛びっきりの美女と並んで歩けるなんて滅多にあるチャンスじゃないからな。
「しかし本当に見違えたなアンタ」
「私自身、まだこの顔に慣れていなくて。未だに鏡面の自分が信じられません」
「そりゃそうだよな」
隣を歩く彼女にかつての面影はどこにもない。
「山瀬克己は殺された」
「えぇ。“彼”はもうこの世にはいません」
彼女は自嘲気味に蒼空を仰いだ。
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