約束

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「ハル!」 すっくと立ち上がった私に向かって、跳ね飛ばされてしまった剣をティナカが拾い投げ渡した。 私の目の前を転がる剣の行方。 ずぶ濡れの髪から滴り落ちる水の行方。 その先に何かが見える。 考えている時間など無いというのに、視線はそこに釘付けになる。 私の腕と背中から滲む血が指先から水面へと滴り落ち、そこに在るものへの手向けのように赤い花を描いた。 私の足下、水底に沈んでいた何かは…。 「そんな…。 こんなこと…。」 そこには既に朽ち果て骨だけしか残されていない遺体が沈んでいた。 「それはお前だよ。 ハルシュカ。」 バベルのその言葉が、全ては頂上にあるのだと天上を指差すアシェルの姿を甦らせる。 『ハルシュカの体は…あそこに。 全ては頂上にある。』 それが本当の私の姿。 胸の上で指を組み祈るような姿で静かに眠っている。 その姿を呆然と見つめる一瞬の放心の隙にバベルの手が伸びる。 我に返り剣を掴み上げた私の腕を蔓植物が絡み付く草色の腕が捕らえた。 バベルの二本の腕が私の両腕の自由を奪い、腹から伸びる一本が私の背中へと回され体を締め上げる。 「その太刀を離せ。」 たとえ腕や背骨が折れようと、この手は離せない。 この手から剣を離してしまったら全て振り出しに戻ってしまうだけ。 締め上げられれば締め上げられるほど、私は剣を離すまいと柄を更に強く握りしめる。 私をそこから解放しようと剣を振り上げたティナカを、バベルは腹の腕一本だけで殴り飛ばした。 ティナカの体はとてつもない力で跳ね飛ばされ床に叩きつけられた。 その衝撃と痛みでティナカは起き上がる事が出来ない。 しかし…。 私の腕も同じ腕力で押さえつけられている筈なのに、腕が痺れるものの折れる程の圧迫は感じない。 バベルは手加減をしている…? 裏切りへの怒りに支配されていても、未だにハルシュカへの愛情のほうが勝っているのだ。 それがバベルの隙であっても、剣を振るうだけではバベルを倒すことは叶わない。 だから…。 私は剣が真っ直ぐ地に突き刺さるように、そしてそれをバベルに疑られないように剣を握る手を緩めた。 その先は賭け。 剣は思惑通り私の足元に真っ直ぐ突き刺さった。 その剣を見てバベルは勝ち誇った笑みを浮かべる。 「そうだ…それでいい。 誰にも渡しはしない。 私の傍に居れば、何も思い煩うこともなく幸せでいられるのだ。」
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