約束

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抵抗を諦めた私の腕。 バベルは私の両腕の自由を奪っていた手をゆっくりと解いてゆく。 そして、その手で壊れ物を優しく包むようにして静かに私を抱き寄せた。 「よく帰った…。」 バベルの腕の中で、遠い思い出になった筈の懐かしい感触が甦る。 けれど。 背中の傷に触れたバベルの手の冷たさが、あまりにも変わり過ぎてしまったその心を私に教える。 もう、あの頃の彼はいないのだ。 私は自由になった腕をバベルの背中へと回し、彼の胸にそっと頬を寄せる。 「ねぇ、バベル。 天空の庭で過ごした日々を…。 まだ覚えてる? 思い出せる? あの頃は本当に幸せだった。 3年という時間は短かったけれど。 だけど私には充分過ぎるくらいの幸せだったわ。」 ティナカにそうしたように。 耳を澄まし心臓の鼓動の在りかを確かめる。 ティナカと同じに、その意味をバベルは知らない。 「だからこそ…。 あなたが、死の一歩手前に留まる私に何をしたのか。 これまでにどれ程の犠牲があったのか知った時、私は罪悪感に苦しめられた。 私が命を繋ぐ度に、誰かの命が犠牲になり沢山の人達が涙を流してきたのだと。 私は…。 そうまでして生きたいなんて望まないのに。」 バベルの心臓が鼓動を刻む音だけが聞こえる。 「バベル…。 寂しさなんかに負けないで。 そんなもの、あなたなら乗り越えられるじゃない。 だって…私の心は何時もあなたの傍にあるのだから。 独りぼっちなんかじゃないわ。」 バベルの胸に頬を寄せたまま、チラと足下を見やる私の視線は地に刺さる剣をとらえる。 「たとえお互いの在りかが天と地に離れてしまっても…。 必ずあなたを探して、必ずあなたのもとに行く。」 その言葉でバベルは私が何をしようとしているのか、その意図に気づいた。 しかし。 バベルが気づいた時にはもう遅かったのだ。 私は瞬時に地に刺さる太刀を引き抜く。 そして、その鼓動から在りかを確かめたバベルの心臓を背中から自分自身の体と共に刺し貫いた。 「やめろぉーっ!!」 その叫び声はティナカの声だった。 必死に戦ってもバベルを討てはしない。 私はそうだと解っていて最初からこうするつもりだった。 私がこうする事を知っていたら…。 ティナカはきっと自分がバベルを討とうとして私を止めただろう。 ティナカが命を懸ける必要などない。 私とバベル、二人が決着をつけるべき事。 こうしなければ…。 全てを終わらせることはできないのだ。
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