ロック

1/11
14人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

ロック

「ワンッ」       元気な鳴き声が、耳を通過した。   前を見渡し、後ろを振り返っても声の主は見当たらない。 一つ先の角を曲がれば目的地に着く。 ほんの少しだけザワついた気持ちが胸を覆っていた。     曲がった先の行き止まりに佇む細長いビル。 正面に置かれた、木の衝立に掛けられた小さな看板を見つけると同時に、隣に座る大きな犬が目に入った。     「ワンッ」     その姿をとらえた瞬間、鼓動が速くなるのを感じた。 見開いた目には、もう涙が滲みかけた。       「ハナ…」      声を漏らすと余計に胸が締め付けられるようだった。     ズキン     体を、キンとした痛みが通り抜けた。 叩くような鼓動が体中を支配する。     そっと近づいても≪おすわり≫の姿勢は変わらない。 けれど態度を見れば、私に反応してくれているのがよくわかる。 地面を掃除するように撫でながら、大きな尻尾が左右に動いていた。   大きな手をきちんと前に両方揃えて私を見上げる大きな瞳は、潤んだように揺れていた。 ゴールドの緩やかなカーブを描く艶やかなロングの毛。 顔の隣に垂れた耳は愛くるしい。 右耳だけに少し混じる茶色の毛が、私の心臓を射抜くようで。   そっと頭に手をおいて撫でてやると、目を細めて優しい表情を私に向ける。    痛みが和らいでいく。    私のざらついていた心が、優しく撫でられる気がした。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!