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ロック
「ワンッ」
元気な鳴き声が、耳を通過した。
前を見渡し、後ろを振り返っても声の主は見当たらない。
一つ先の角を曲がれば目的地に着く。
ほんの少しだけザワついた気持ちが胸を覆っていた。
曲がった先の行き止まりに佇む細長いビル。
正面に置かれた、木の衝立に掛けられた小さな看板を見つけると同時に、隣に座る大きな犬が目に入った。
「ワンッ」
その姿をとらえた瞬間、鼓動が速くなるのを感じた。
見開いた目には、もう涙が滲みかけた。
「ハナ…」
声を漏らすと余計に胸が締め付けられるようだった。
ズキン
体を、キンとした痛みが通り抜けた。
叩くような鼓動が体中を支配する。
そっと近づいても≪おすわり≫の姿勢は変わらない。
けれど態度を見れば、私に反応してくれているのがよくわかる。
地面を掃除するように撫でながら、大きな尻尾が左右に動いていた。
大きな手をきちんと前に両方揃えて私を見上げる大きな瞳は、潤んだように揺れていた。
ゴールドの緩やかなカーブを描く艶やかなロングの毛。
顔の隣に垂れた耳は愛くるしい。
右耳だけに少し混じる茶色の毛が、私の心臓を射抜くようで。
そっと頭に手をおいて撫でてやると、目を細めて優しい表情を私に向ける。
痛みが和らいでいく。
私のざらついていた心が、優しく撫でられる気がした。
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