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「あたし、料理嫌いなの」
合コンで瀬里奈がそう公言していたのは、嘘ではなかったらしい。事実俺の前では、一度たりとも台所に立って調理器具を触った試しがない。
それを裏付けるのは、手。手荒れなど経験したこともないだろうと思わせるくらいに、彼女の指も爪も美しい。
「だって、手だってあたしの商売道具だもん。傷なんてつけたら仕事にならないじゃない」
そういうわけで、今もデリバリーピザ待ちである。
待っている間、瀬里奈は俺の隣でネイルの手入れに余念がない。
派手なネイルアートの施された手で料理を作るという構図も個人的にどうかと思うし、俺にとって嫁にしたくないタイプであることは確かだ。
就職活動がうまくいかずバイトで食いつなぐ身としては、結婚など二の次だが。
……雨はまだ、鼠色の空から降り続いている。
テレビをつけ、正午前のニュースと、瀬里奈とを見比べた。
瀬里奈は酒は飲むが、煙草は絶対に吸わない。歯の定期検診も欠かしたことがないらしい。
自分の長所を知り尽くしているのだろう。
プロ意識、という点だけに着目するなら、その徹底振りは大したものだ。
なのに俺ときたら、自分が何をしたいのか、何に向いているのか、未だに掴みきれずにいる。
いつもどこか中途半端だ。
ピンポン、と安っぽい音でドアチャイムが鳴った。
「あ、あたしが出る」
瀬里奈が張り切って立ち上がり、玄関へと向かった。古いアパートなので、インターホンなどは取り付けられていない。
支払いをしてピザを受け取った彼女が、急いで戻ってきた。
「遥、荷物が届いてるって。宅配屋さんが来てる」
「荷物? 何か頼んだっけな?」
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