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部屋の中を覗き込んで、瀬里奈は目を丸くした。
「うそお、違う部屋みたい。どうしたの遥、引っ越しでもするの!?」
「いや、違うよ。……ちょうどよかった。話がある」
一呼吸置いて、俺は瀬里奈の手を軽く引き、部屋に引き入れた。
「なあに?」
俺も瀬里奈も、テーブルのそばの定位置に座る。
「もう、ここには来るな」
やってきた沈黙。ある程度の修羅場だったら、もう何度となく頭の中でシミュレーションした。
「それって、別れようってこと?」
瀬里奈が、じっと見つめてきた。腹を決めて頷き、濃いメイクの目元を見つめ返す。
「勝手なこと言ってごめん。だけど」
「……ぷっ、あはははっ!」
想定外の反応に、俺は思いきり拍子抜けしてしまった。
「何言ってんの? 遥さあ、一度でもあたしに付き合おうって言ったことあった?」
「そう言われると……なかったかもしれない……」
「いいよ。振られたことにしておいてあげる」
明るく言って、瀬里奈は携帯を取り出した。俺の目の前で、アドレス帳から俺の名前をあっさりと消す。
俺もそれに倣って、瀬里奈のデータを消去した。あまりにもあっけない終わりかたで、本当にこれでいいのだろうかと引っかかりさえ感じたほどだ。
「最後に聞かせて。好きな人ができた?」
「うん……まあね」
そう返事すると、瀬里奈はにっこりと笑った。思わず見とれてしまうほどの笑顔だった。
「そう。じゃあね、遥。ばいばい」
バッグを持って立ち上がり、出ていく背中に向かって声をかけた。
「瀬里奈、ありがとう」
「遥のばーか」
パタン、と玄関のドアが閉まった。
―――俺に変える力があるなら、変えていってみよう。
後悔よりも、未来への意欲がじわりと心に広がる。
『彼女』との約束の時間まで、あと二時間。
早く行って、待つのもたまにはいいかもしれない。程良い緊張感を覚えながら、俺は戸締まりを確認して出かける準備をする。
「あっつ……」
外に出ると、煌めく陽光が出迎えてくれた。
隣の公園に植えられている樹木からは、梅雨明けを歓迎するかのような蝉の鳴き声。
ようやく、本格的な夏が始まった。
―――――To be continued...
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