氷柱

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童心があるというのはおおらかな言い方で、実際には苦労らしい苦労を知らない青年主人の陽一郎が、さっきまで屋敷の庭で近くの子供たちと雪合戦をしていて、何かの拍子に氷の欠片で切ってしまった人差し指を得意げにして、出迎えに玄関に並んだ使用人の霧子たちに見せたものだから、その血に動揺したみんなの隙の一瞬に、霧子はややオーバーに、薬箱のある部屋へ走って見せることができた。 機転と言うよりは打算が強く、演技だ。 抱えた薬箱を胸に押し当てるようにしながら玄関へ戻ると、霧子は呼吸を小刻みにしてみせながら、開けた箱の中に切り傷の薬と包帯が無かった事に飛びあがるように驚いて「すぐにご用意しますから」と言うと外へ出ていった。 玄関先から紅い点が、ツッと庭まで伸びている。 視線の端にそれを捉えながら門をくぐって通りへ出る。 小走りして、少し離れたところで止まった霧子は切り傷の薬と包帯をエプロンのポケットの奥から取り出すと、高い雪の山の向こうへ放り投げた。 通りの街灯の傘の下の氷柱の、2、3滴の雫が冷たい風に乗って霧子の頬にぶつかった。 氷柱は、嫌いだ。 ただ成長して意味もなくて、鋭い先端は陽の暖かさで堕ちるとき
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