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に、人を傷つけるから。
自分の将来も、きっと似たようなものになるのかもしれない。
就寝のときに見える氷柱のシルエットは、希望を削る工具のようにカーテンの表面で揺れたりする。
だから、そういうものが見えてしまうときの霧子は、ジッと目を閉じて眠る。
無意味な人生を避けるためには、心だって道具にしたって良いのだ。
陽一郎も同僚も、今は善意ですらも、道具だ。
霧子は、そう思う。
念のために雪玉の大きいのを山の奥へ放り投げたあと、霧子はまた小走りを始めた。
もしかすると陽一郎は雀のようにまたどこかへ遊びに行ってしまうかもしれなかったので、なるべく急いで薬屋へ駆け込む。
店の主人に事情を簡単に説明するのも、計算上のアピールだ。
それでもあまり動きの早くない店の主人が薬棚を調べる様子にイライラしてしまって、ついつい踵で催促のリズムをとる。
「ちょっと、早くしてもらえませんか?」
「代わりますよ。さっき僕が並べたんです。その辺り。すみません」
店の隅にいた店員の青年が霧子と主人の様子に気がついて、棚と主人の間に素早くその細い体を滑り込ませた。
「ごめんなさい。お待たせしてしまって」
薬をつめた紙袋を渡しながら店員の青年は控えめに微笑んだ。
霧子は反射的に目を伏せた。
その微笑には覚えがあった。
こっちへ来る事になる前、先に合格した学校へ通うために別れることになった恋人だ。
間違いは無かった。
懐かしさの瞬間の空白を埋めるように、霧子は店を飛び出して行った。
この世の現象は、偶然とか要素とか要因とかの組み合わせで出来ているのだから、不自然でも驚くようなこういう事だって当然、起こる。
霧子はそれよりも、胸の芯を暖かい手でなぜられた錯覚に、自分の中の冷たいものがゆっくり溶けるような気がして、無意識に何かの衝動を感じている自分自身に驚いていた。
それでも、走りながら目にとまった雫で磨かれた街灯の傘の氷柱の先端は、より鋭さを増していて、まるで誰かを傷つけようと待ち構えているようにしているのが、霧子にはやはり怖ろしく見えるのだった。
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