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けど、だめだ。
どれほどの苦痛が身体を駆け巡っても、ヒカリを助けに来させてはいけない。この侍は強い。たとえ手負いでも、戦えば彼女も確実に死ぬ。
それだけは絶対にだめだ。
他の誰が傷ついても構わないが、彼女だけには傷ついて欲しくない。
「はやく、逃げろ」
「でも、アヤメを置いてくなんて……」
「私、いい。いいから…ぁ……逃げろ!」
アヤメが叫ぶ。普段、感情のほとんど込められていない口調の彼女が、大声で叫んだ。
忍者にとって最優先すべきものは、与えられた役割を完璧にこなすこと。集団で動くのはあくまで任務を円滑にさせるためで、助け合うためではない。ましてや自分の役割すらこなせぬ者に、仲間を助けるなどと言う資格は無い。
例え味方の忍びが危機に直面していても、倒れてしまっても、助けを求めても、手も耳も貸してはいけない。それが忍びの訓練において、口酸っぱく言われること。
だから、ヒカリは教えられたとおりにアヤメを見捨て、自分は逃げなければならない。今の彼女らは、この町から脱出することを最優先の任務としていた。
「急、げ、ヒカリ。ここから……早く……たの、むから……」
アヤメを、見捨てる。このまま放っておいて、見殺しにする。
分かっていることだった。彼女が助からないと。
助けたいと思うのは贅沢なこと。彼女の望まないこと。
ヒカリは、彼女を助けようとする言葉たちを噛み砕いて、飲み込んだ。アヤメに駆け寄ろうとする意志を、その足で踏み潰した。
アヤメは、こういう少女なのだ。
彼女はそのすべてを忍びとして生きることに捧げた。だから、最後まで忍びらしくさせてほしい。アヤメはそう言っているのだ、とヒカリは自分に言い聞かせた。
――だから、アヤメを見捨てないと……。
だが、いやだ。見捨てたくない、その気持ちが心を染める。足をすくませる。
「何をしている。走れ」
ヒカリの身体が小さく跳ねる。
背後からの突然の声。その声の主は水無月カイと名乗る忍び。今回の任務で彼女ら二人を含む忍びたちを統率する役割を持つ青年だ。
「でも……」
戸惑い、震えるヒカリを見て、カイはアヤメの方を見た。
しかしすぐに視線を戻して、言う。
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