序章

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「走れ。三度は言わない」  カイはヒカリのわきを通って走り出した。何のためらいもなしに。  それが、後押しとなった。春野ヒカリは、迷った末に、彼の後ろについて再び走り出した。ごめんね、と一言だけ、彼女に言い残して。  それを見届けて、アヤメはまた血を吐いた。  傷口からはどくどくと血があふれてくる。止まらない、止められない。  ヒカリがなぜ、忍びである自分を千桜の教えに反してまで助けようとしてくれたのか、その気持ちがいまいち分からなかった。  助かりそうもない傷を負い、足手まといになるだけなのに。 「…………」  あれこれ考えるのはあとだ。否、もう考える必要はない。  途切れ途切れの思考で、アヤメは再び立ち上がろうとする。  ざ、ざ、ざという侍の足音を聞いて、その動作が止まった。 「……いたぞ!千桜の忍びだ!」 「……将軍!将軍がやられてるぞ!」 「殺せ!生かして帰すな!」  耳鳴りがし始めた耳で、アヤメはすべての言葉を聞き取った。  荒い息、体中を走り続ける苦痛をこらえて、アヤメは歯を食いしばる。胸から流れ出る血で真っ赤な右手を傷から離し、地面に手をつく左手に人差し指を添える。  そして左の手の甲に、『土』と文字を書いた。左手を地面につけると、力強く念を込めた。  千桜秘伝忍術・土・幕。  次の瞬間、闇夜に負けずに、辺り一帯を覆い隠すほどの砂埃が舞い上がった。 「な、なんだ?周りが急に……」 「くああ、何も見えん!目くらましか?」  忍者の術による、実に濃厚な砂埃が立ちこめる中、侍たちは五里霧中にあった。  彼らが手にする明かりも役に立たず、砂が目に入り、痛くてろくに前も見ることができない。湿り気を残した土でここまで砂埃を起こすとは、優秀な術の使い手だと侍たちは思う。 「落ち着け!」  混乱する侍たちを、たった一言で鎮めさせた。  声の主、近衛カズマは傷む傷口を押さえ、砂が目に入らぬようにまぶたを閉じ、ただじっとしていた。 「慌てるな。敵は致命傷を負っている。どうせ遠くには逃げられん」
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