序章

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「でも……」 「人数合わせは黙ってついて来い」  目の前の黒い影が背を向ける気配。先に二人の忍びの気配が消え、続いてカイの影が遠ざかるのが見える。 「…………」  後ろめたさを感じつつも、ヒカリは彼らに続いて、震える足を動かして走り出していった。 「はっ……はっ……」  滴る血、荒い息。これほどの傷を負って、未だ歩くだけの力が残っているのは奇跡と言えよう。  如月アヤメは町の城壁に身体を預けてもたれかかり、がくがくとする足は気を抜けばすぐに崩れてしまいそうだった。右手には真紅に染まった刀が握られている。  忍び装束はぼろぼろ。胸の傷以外にもあちこちに切り傷を負っていた。  目くらましのおかげで何人かの侍は欺けたが、侍はまだまだたくさんいた。せめてあの銀髪の侍だけでも始末しておきたかったが、さすがにそんな余裕はすでにない。鉢合わせになってしまった侍たちと斬りあった挙げ句、ぼろ雑巾のような状態になったわけだ。  自慢の刀も血のりでべたべた。それはもはや斬る代物ではなく、叩く代物となっている。  それよりも、とアヤメは思う。自分の左手はまだ存在しているのか、と。  焼け付く、を通り越して、骨の髄まで溶かされているような熱い痛感が左腕全体から駆け巡っていた。  刀を持っているはずだか、柄の紐の手触りがわからない。指を動かしても、動いているという実感が無い。目で見なければ、本当に腕があるかどうかも怪しいほどだ。  目くらましに使用した術も数えて、都合五回、アヤメは術を使用している。その五回目で立ちふさがった侍たちをふっ飛ばし、北門の前まで逃げてきた。  彼女ら忍びの言う忍術は、使い方によっては万物を自在に操る事ができる。無論、それだけのことをする以上、発動後に激しい反動がかえってくる。  一回使うだけでも火あぶりにあったかのように腕が痺れるのに、五回使ったアヤメとしては、その苦痛は比べ物にならない。それどころか、腕がきちんと動くだけでも奇跡だ。しかし、あと一回でも術を使えば、彼女の左腕は弾け飛ぶことになるだろう。 「…………ぐっうう」  アヤメの目の焦点が一気にずれた。  しかし歯を食いしばって、気力で意識を戻す。  いろいろ考えたいことがあったが、今はそれどころではなかった。
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