序章

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  今、アヤメの意識は夢うつつに近い状態だ。目も時折猛烈にぼやけたり、急に鮮明になったりとちかちかしている。耳鳴りもひどく、後ろの方の侍たちの声すらまともの聞き取れない。喉に石が詰まったかのようで息が苦しい。今にも止まってしまいそうだ。  ――これが、『死ぬ』ということ…?。  それでも、アヤメは一歩、前へと踏み出した。  当然だが、門は閉められていた。  アヤメでは、たとえ無傷の状態でもこれを開けることはできない。今現在、致命傷を負った身体では、それを飛び越えるだけの体力も残されていない。逃げられない。その確信とともに、さわ、とどこからかの冷たい風が、だんだんと薄れていく触覚を刺激した。  その刺激にあわせて、ほんの数瞬間だけ聴覚と視覚が戻る。  ――……水の……音?  思い出す。町の北側は、一歩出れば川だ。  ――……城壁さえ、超えられれば……。  どこかに都合よく梯子なり何なりがないものか。見回せば、もう少し進んだ先に、侍たちの亡骸が転がっていた。北門から逃げる忍者たちを狙撃するために配置された弓兵たちだ。そのわきには、都合よく梯子が立て掛けられてはいなかった。ただ、その城壁の一部が破壊されている。どうやら別の忍びが逃げる際に術でここを破壊して逃げたようだ。  術の連続発動で何とか侍たちは撃退できたが、全部ではないはずだ。急いで逃げなくては。  ちょうどいい。使わせてもらおう。アヤメは次第に動かなくなっていく身体を引きずって、崩れた城壁を通った。  そこから先の道は、ない。見下ろせば、夜の闇に染まった川がある。  果たしてそれがこの世にきちんと存在する川なのか、あの世とこの世とを隔てる三途の川なのかまではわからないが。  この世の川ならば、昨晩の雨のおかげで流れの勢いが増しているはずだ。あそこに飛び込めば逃げ切れる。あの世の川なら、生きている人間は追って来れまい。 「……ぞ!千桜の忍びだ!」「……がすな!確実に殺せ!」  それらの言葉は、アヤメの耳には入らない。かわりにその背に突き刺さるような衝撃を感じた。  矢が二本、その背に突き刺さった。急所ではない。しかしもはや、その衝撃を耐えるだけの力も、その痛みを感じるだけの感覚も残っていなかった。  身体が衝撃に押され、がくん、とついに足が崩れる。  ゆっくりと倒れゆく。視界が、ぐらりと揺らぎ、次第に像を結ばなくなる。
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