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いっしゅうかん。
心の中で復唱する。
そんなにも寝ていたのかと思い、自分に何が起こったのかを思い出そうとした。
「――こ」
ここはどこ、と彼女は言おうとした。
その瞬間、びくんと身体が跳ね上がった。
胸から広がる苦痛の波紋。それが小さな身体を蝕んでいく。
「わわわ、大丈夫かい!?ほら、しっかり!」
女性は、冷や汗を流してうめき続ける少女を優しくなだめる。栗色の髪を優しく撫でたり、手をしっかりと握ったり。握り返される手は、力が入っていなかった。
やがて、苦痛の波が去っていった少女は、荒々しく息をしながらうなずいた。
「無理に喋ったりしちゃダメだよ。医者はかなり致命的な怪我だって言うからね」
いしゃ、そう聞いてアヤメは、自分の怪我の深刻さを思い出した。
「まあ、聞きたいことは分かるさ。まず、あたしはスズネ。何の変哲もない、ただの主婦さ」
しゅふ。
何のことだろうかと思いつつ、少女はとりあえず、敵ではなさそうだと判断する。
「んで、ここは農民村。ちょっと前にできたちっぽけな村さ。ちゃんとした名前はまだないけど、それでも浅葱の侍たちが守ってくれるから安心だよ」
あさぎのさむらい。
少女はほんの少し目を見開いた。しかし、すぐに元に戻す。
浅葱の領土内の村に、彼女は拾われた。その事実は、彼女にとって少し不運なことだった。
「さて、お嬢ちゃんの名前は?言わなくていいよ、書いてくれれば」
女性、スズネは握ったままの彼女の左手を解放し、重ねた。
促されるがまま、少女は自分の名前の字の並びを思い出し、その手にゆるゆると綴った。
「あ……や…め。アヤメちゃんかい?」
少女、アヤメはまたうなずいた。
「よろしくね、アヤメちゃん。味噌汁飲むかい?一週間も寝てりゃ、寝起きでも食べたくなるんじゃないかい?」
アヤメは素直にうなずいた。
スズネはにっこり微笑んで、「少し待ってなよ」と立ち上がってアヤメの視界から消えた。
ぎしぎしばたばたとせわしく歩いていく音を聞いて、アヤメは首をゆっくり右に傾けた。
わずかに距離を置いて壁がある。この家は最近立てられたらしく、木材が新しい。目に見える限りではそれ以外に何もない。
ゆっくり左に傾けた。
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