第一章

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 いっしゅうかん。  心の中で復唱する。  そんなにも寝ていたのかと思い、自分に何が起こったのかを思い出そうとした。 「――こ」  ここはどこ、と彼女は言おうとした。  その瞬間、びくんと身体が跳ね上がった。  胸から広がる苦痛の波紋。それが小さな身体を蝕んでいく。 「わわわ、大丈夫かい!?ほら、しっかり!」  女性は、冷や汗を流してうめき続ける少女を優しくなだめる。栗色の髪を優しく撫でたり、手をしっかりと握ったり。握り返される手は、力が入っていなかった。  やがて、苦痛の波が去っていった少女は、荒々しく息をしながらうなずいた。 「無理に喋ったりしちゃダメだよ。医者はかなり致命的な怪我だって言うからね」  いしゃ、そう聞いてアヤメは、自分の怪我の深刻さを思い出した。 「まあ、聞きたいことは分かるさ。まず、あたしはスズネ。何の変哲もない、ただの主婦さ」  しゅふ。  何のことだろうかと思いつつ、少女はとりあえず、敵ではなさそうだと判断する。 「んで、ここは農民村。ちょっと前にできたちっぽけな村さ。ちゃんとした名前はまだないけど、それでも浅葱の侍たちが守ってくれるから安心だよ」  あさぎのさむらい。  少女はほんの少し目を見開いた。しかし、すぐに元に戻す。  浅葱の領土内の村に、彼女は拾われた。その事実は、彼女にとって少し不運なことだった。 「さて、お嬢ちゃんの名前は?言わなくていいよ、書いてくれれば」  女性、スズネは握ったままの彼女の左手を解放し、重ねた。  促されるがまま、少女は自分の名前の字の並びを思い出し、その手にゆるゆると綴った。 「あ……や…め。アヤメちゃんかい?」  少女、アヤメはまたうなずいた。 「よろしくね、アヤメちゃん。味噌汁飲むかい?一週間も寝てりゃ、寝起きでも食べたくなるんじゃないかい?」  アヤメは素直にうなずいた。  スズネはにっこり微笑んで、「少し待ってなよ」と立ち上がってアヤメの視界から消えた。  ぎしぎしばたばたとせわしく歩いていく音を聞いて、アヤメは首をゆっくり右に傾けた。  わずかに距離を置いて壁がある。この家は最近立てられたらしく、木材が新しい。目に見える限りではそれ以外に何もない。  ゆっくり左に傾けた。
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