第一章

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 奥にも同じような壁があり、そちらは箪笥やら雨具やらが置かれ、掛けられている。  戸はおそらく頭の上の壁にあるのだろう。床の一角だけ、少々いびつなひし形の光が差し込んでいる。  足側の方向では、ぐつぐつ、ことこと、とんとんとんと、律動よく音が鳴っている。きっとスズネが味噌汁の仕上げをしているのだろう。  ふう、とアヤメは小さくため息をついた。  ――私、助かった?  浅葱の侍と聞いて、如月アヤメは記憶が途切れる前までのことを鮮明に思い出した。  あれだけやられて、よく生きていたものだと自分でも思う。  そして思い出した記憶の中で、千桜で唯一と言っていい親友の顔も浮かんだ。  ――ヒカリは、無事なのだろうか。  記憶が確かならば、血まみれではあったが軽傷ばかりだった。仲間の忍びも通りすがったのを思い出す。であれば、死ぬことはないだろう。  大怪我、してないだろうか。アヤメはそう思い、もう一度目を閉じた。  スズネの作った味噌汁は大変美味だった。大怪我人のアヤメの舌が痺れるような感覚に襲われたほどに。  スズネが匙で掬って、熱い味噌汁を冷ましながら、少しずつ、少しずつ飲み下していく。それでも胸の傷は食すたびに響くので、苦痛も同時に味わうことになる。が、彼女が今まで食べた中でもっとも美味なものに違いはない。  スズネは満足に動けないアヤメに味噌汁を食べさせながら、最近の出来事や自慢話をたくさん聞かせてくれた。  侍のこと、浅葱のこと、味噌汁のコツ、野菜の育て方。アヤメと一緒に流れてきたのであろう、刀や服などについて。  よく喋る女性だった。  けれども自分の国のことだけしか教えられなかったアヤメにとって、すべてが新鮮な話だった。  穏やかな表情をした女性だった。  無表情な忍者としか接したことのないアヤメにとって、まぶしすぎる表情だった。 「…………」 「ああ、ごめんね。あたしおしゃべりだから調子に乗っちゃうと何でも話しちゃうんだよ。うるさかったかい?」  ふるふるとアヤメは首を横に振る。  続いて彼女は、アヤメの容体についていろいろと聞かせてくれた。
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