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ところどころの傷の深さが痛ましかった。衰弱しきって、何をしても反応を示さなかった。胸の傷にいたっては、刀で刺し貫かれてる、致命的な傷だったとか。
そして、完全に衰弱しきり、いつ死んでもおかしくない状態だったにもかかわらず、彼女が右手に持った刀は、大人二人がかりでようやく引きはがせたほど強く握りしめられていたとか。
「あんた、よっぽど怖い目にあったんだねぇ。こんな小さな子相手になぶり殺しにするような傷をつけて、千桜の馬鹿どもも何考えてるんだか」
「…………」
「刀かい?取ってあるよ。二本あったけど、どっちがあんたのだい?」
「…………」
「え?二本とも?そうかい、そんなら取っといてよかったよ」
小さい女の子がこんなもの持つなんて、などとスズネに言われたが、アヤメは頑なに刀を手放そうとしなかった。
その刀のうちひとつには、趣向の凝らされた二つの三日月が重なって彫られ、もう片方には菖蒲の花がきれいに彫られていた。それは、自分の名の由来となったもの。アヤメの両親の形見だ、と聞かされたもの。だからそれだけは、手放したくなかった。
スズネは、少しもアヤメを忍者だと疑わなかったふうに見える。むしろ、忍者に襲われた者だと思っているようだ。
仮に自分が忍者だと知ったら、この人はどう思うだろうか。すぐに侍に通報して、私を殺そうとするだろうか。忍びであっても、こんなふうに接するのだろうか。
「おかわりするかい?」
アヤメはうなずいた。
一週間も何も食べなかった。それは、いくら強靭な忍耐力を持つ忍びでも、年端も行かぬ少女の意志の方がはるかに勝っていた。
――おなかへった。
こんなことを素直に考えるのは何年ぶりのことかと、アヤメは少し考えた。
アヤメの意識が回復したという情報は、瞬く間に村中に広がった。
たくさんの農民たちがアヤメを見舞いに来た。それこそ五、六歳程度の女子供から八十過ぎの老人まで。その都度彼女に世話を焼き、時には着替えや食事も手伝ってくれた。
未だに歩くことすらままならず、気がつけばそのまま二週間ほど過ぎた。
ここの人々の親切に、アヤメはやはり不思議に思わずにいられなかった。
見ず知らずの自分を、なぜ助けてくれるのだろうか。
赤の他人のスズネが、なぜ自分の回復を喜んでくれるのだろうか。
どうしてここの人々は、いつも自分を見舞いに来てくれるのだろうか。
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