第一章

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 考えてはみるものの、今一つよくわからない。  そこにいる人々が皆、春野ヒカリみたいだった。話すときは笑っていて、色々世話を焼いてくれる。気が付けばアヤメは村の人々に強い警戒を抱かなくなった。こんなふうに落ち着いて誰かと接することなど、今までほとんどなかった。今までは唯一、ヒカリといる時だけ。    ――なぜ私は生きているのだろう。  銀の髪の侍に刺された時、死ぬはずだった。あの場で突っ伏して、少しすれば助かることなく死ねたはずだった。  だがあのとき、アヤメは逃げようと思っていた。  自分の感情なのに、あのように思ったことが彼女自身かなり不思議だった。  あれだけの重傷を負って、致命傷を負って、激流に飲まれ、長い時間、川で倒れていて、それでも生きていたこともかなり不思議だった。  だからといって、このままのうのうと生きていていいのだろうか。というよりむしろ、生きられるのだろうか。忍びだと分かったら、殺されるのだろうか。  アヤメはただ、空虚な心でそう考えていた。  そして、初春の月は終わり、本格的な春の月がやってきた。  千桜の桜は、今が満開の季節になる。  春野ヒカリは、あれから二週間ほど経ったといえど、立ち直れないでいた。  ヒカリには家族はいない。三年ほど前に戦火に巻き込まれて亡くなっている。彼女の家はそのままヒカリが使っているが、あまり掃除はされていない。もともと野菜売りだったため、商売仲間がたくさんいるので、生活は助けてもらっている。そのかわり訓練のない日は彼らの手伝いをすることでお礼をしていた。最近は空元気を振り絞って、忍びの訓練や家事をやってはいるものの、何をやってもうまくいかない。そして床に入れば思い浮かぶのは、血まみれでうめく如月アヤメのあの姿だった。  朝、目が覚めれば枕は涙で濡れ、目も真っ赤に腫れ上がっていた。最後に見た彼女の姿が、どうしても夢に出る。もし、あの時自分が、すべてを無視してアヤメに駆け寄ったならば、もしかすれば、彼女は死なずにすんだかもしれない。そう思うと、強烈な罪悪感と後悔が押し寄せてくる。  大好きだった満開の桃色の桜も、彼女の心を癒しきることはできない。それを見るときは、いつも傍らに、親友の如月アヤメがいたのだから。
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