18人が本棚に入れています
本棚に追加
ふと気がつくと、反応が遅れて回避しきれない速度の棒がヒカリの側頭部に直撃した。
「っぐう!」
予期せぬ攻撃に地面に伏すヒカリ。見れば、前方では棒を構える青年が無表情にこちらを見下ろしていた。
ぶん殴られた部分を触ってみると、見事にこぶができ、血もにじんでいた。
「何をしている、春野ヒカリ」
青年は言う。
「この程度の攻撃くらいは見切れ。それすらもできないようなら邪魔だ」
もし彼の持つ棒が侍の刀だったならば、ヒカリの顔は鼻の頂点を境にすっぱりと斬り飛ばされていたことだろう。
やはり、今日もだめだった。アヤメの姿が脳裏に浮かぶ。
棒といえど、武器だ。武器を抜いて人を殺したのは、後にも先にもあの時だけだ。それを持ったときに連想するのは、やはりアヤメのこと。
「たまたま侍たちと戦って生きて帰れたからといって調子に乗るな。すぐに次の任務だ。そんな体たらくでは瞬時に殺されるのが関の山だ」
ヒカリは口答えをせず、彼の言葉を聞く。
たまたま、と彼は言った。おそらくそうだろう。
あの時、アヤメが侍と相討ちになって、ヒカリに道を空けてくれたから、ヒカリは生き残れた。あの時偶然、アヤメと一緒にならなければ、ヒカリはおそらく、殺されていただろう。
代わりに、アヤメを失った。
彼女はほとんど笑わなかったし、一度も怒らなかったし、泣くこともほとんどなかった。それでも、この国で唯一の親友を失った。
もう彼女とは二度と会うことはできない。だが、皆がアヤメのことを忘れても、自分だけはいつまでも覚えていたい。
ヒカリは立ち上がった。
次は、ない。アヤメもいない。誰も守ってくれないだろう。
だが彼女が守ってくれた命だ。絶対に、生き繋いでみせる。
思うだけなら簡単だ。彼女が心からこれを決意するには、あと一月を要することになる。
最初のコメントを投稿しよう!