序章

7/15
前へ
/163ページ
次へ
アヤメは続いて蹴り、斬り、突きと連撃を繰り出すが、そのことごとくが弾かれ、侍には届かない。 「っ!」  連撃のほんのわずかな隙を狙い、鋭い一撃が返ってくる。絶えず集中し続け、正しく捌かねば一瞬で殺される。かわし、捌くたびに血と汗と髪が舞い散る。  強い。忍びとの戦いに慣れきっている。太刀筋も良く、ただ振り回しているだけのそこらの侍とは断然違う。早さも一級品だ。こちらの連撃を完璧に防ぎつつ、鋭い一撃をすぐさま放ってくる。相当名のある剣豪だろうとアヤメは思う。  相手が悪い。戦いを切り上げて逃げたいところだが、おそらくそんな素振りを見せたら一瞬で殺される。  ならばどうにかこの侍を押さえて、この場を逃れるしかない。  しかし、相手から逃れようと考えると鋭い一撃が飛んでくる。  攻守が目まぐるしく入れ替わるが、アヤメはうまく立ち回る。  だが戦闘能力のすべてにおいて、この侍はアヤメの上を行く。  冗談じゃない。なんという戦闘能力の高さだろうか。こんな侍とヒカリが闘ったらどうなるのだろうか。その戦いの最悪の結末を一瞬考えたとき、侍がアヤメの懐に深く踏み込んできた。 「っ!」 侍の一撃がアヤメの防御を崩した。両腕が上に弾かれ、胴ががら空きになる。  そして、凶刃は瞬と閃いた。 「ぐう……っ」 胸を叩かれる鋭い一撃。  その刀は、アヤメの小さな胸に突き刺さり、鍛えられてはいるが、しかしまだ柔らかい筋肉を突き破り、胸骨をわずかに砕き、それに守られている肺をかすめ気管をかすめ、再び筋肉を突き破り、また表皮を突き破り、背中に勢いよく突き出す。心臓に傷がつかなかったのが奇跡だった。が、それは人の命を奪い去るのに十分な傷だった。  近衛カズマは手ごたえを感じた。人の肉を突き破る感触をその手に。  はじめ、彼は敵の忍びの姿を見て絶句した。  小柄な奴だ、と思った。子供のように小柄だと。   ところがどうだ。いざ刀を交えてみれば、その顔も、身体も、小柄どころか本当に小さい。年端もゆかぬ少女だ。  血飛沫を浴びて、血に染まった刀を握り、しかしまったくの無表情な、小さな娘だ。  しかし、そんな子供でも情けをかけるわけにはいかなかった。カズマは、彼女と戦わざるを得なかった。  敵は少女といえど忍び。どんな情報を掴んでいるのか知らないが、どうしても逃がすわけにはいかない。
/163ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加