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アヤメは血の味が濃く残る口内で、ぎっと歯を食いしばる。ずり落ちそうだった、両手の忍び刀を握り直し、足を踏ん張って倒れゆく身体を支えた。しかしアヤメの身に刻まれた傷は致命傷。満足に動くことはできない。だから、左の刀を侍のわき腹付近を狙ってがむしゃらに突き刺した。
「っぐお!」
うめき声とともに、アヤメは感じ取る。
――仕損じた。
鳩尾から外れた。命に別状のない、平凡な傷。殺すことはできないが、少なくとも幾週間の間、この男はまともに戦えなくなるだろう。
アヤメはもう一度歯を食いしばって左手を引き戻す。
肉を、神経を切り刻む生々しい手ごたえとともに、刀身が真っ赤に染まった刀を引き抜いた。
「く……油断した」
侍はそれだけ言うと、掌でアヤメを突き飛ばした。
「う……」
それでも致命傷を負った身体はもろい。アヤメは再び血を吐いた。
胸の傷口を右手で押さえ、しゃがみこみ、刀を持ったままの左手を地面につく。だがその左手も、がくがくと震えて今にも折れてしまいそうだった。押さえる右手も頼りなく、手と肌の隙間から鮮血があふれて、血を止めることがまったくできない。
対し侍の方は、アヤメのつけた刺し傷が効いたらしく、刀を杖にして片膝をついて傷を押さえていた。アヤメのつけた傷は致命傷には程遠いが、深い。立つことはできても、斬り合うことなどできないはずだ。
「アヤメ!!」
ヒカリはまだ、城壁の下にいた。
刀を持ってはいるものの、手は震え、とてもまともに戦える様子ではないのが分かる。
今にもこちらに駆けてきそうな彼女を見て、アヤメはまず叫ぶ。
「逃げろ!」
びくっと身体をこわばらせて、踏み出そうとしていた一歩を思いとどまるヒカリ。
「でも……でもこのままじゃ……」
敵地の真っ只中で会話をするのは危険すぎる。自分の位置を回りに知らせていることになる。
が、それどころではない。仲間が死にそうな大怪我を負って、それを見捨てて逃げるのは、いくら任務とはいえ、彼女にはし難い。
「来るな……来ては、だめ」
アヤメはひたすら首を振り続けて、そんな少女の助けを拒否する。話すだけでもかなりの苦痛だ。
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