別れ

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哲司はタイピンを眺めてそう言う。  そんな言葉に私は、もしかしたら和美は、後生大事に真が持っていたタイピンを、私が贈ったものだと知っていたのだろうか?    と少し不安になったが、しかし、そんな心配は取り越し苦労のようで、哲司の話によれば和美達にとって、新たな生活には真の物はもう不必要だという事らしい。  長年連れ添った夫婦の言葉とすれば、冷酷なようにも思えたが、どうやら、嫁姑間のいさかいも耐えなかったらしく、田舎の旧家に嫁ぐには、和美にも色々な苦労があったのだろう。  さして知らない土地に嫁ぎ、不安で肩身もせまく、同居を強要された和美にとって、頼りの真がなかなか家に戻れなかったというのは、苦痛以外の何者でもなかった。  私が想像できないような色々な夫婦間でのすれ違いが、そこに根深く残っている。  「だから真の母親が、和美に嫌がられるくらいなら、哲ちゃんにってオレにコレを好きにしてほしいって言ってくれたんだ。」  哲司は、そう言ってタイピンをネクタイに納めた。
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