別れ

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「ねえ?彼は、いい父親だった?」  「ああ。オレよりも、良かったんじゃあないかな?」そうおどけて哲司は言った後に、    「凄く息子を大切に思ってたよ。だけど、家庭崩壊の中での生活だったから、  あいつの想いが何処まで伝わったか判らないけどね。」と私に付け加えた。  真はきっと、この子を大切にしていたに違いない。  この子のために、働き、この子のために、和美との生活をなんとか維持する事に努めようとしたのだろう。  私が出来ずにいた色んな事を、きっと真は必死に頑張って来たのだと、その青年を見てそう思う。  この子が生まれた時、和美と真はきっと、大きな幸せを噛み締めたはずだ。この子の成長を見て、きっと二人は、将来を夢見たに違いない。  私は少し惨めになって、彼達と平等に与えられた人生を自分が何もせずに生きて来たような、虚しさを感じた。 「オレさ、今日、あいつの望み通り、コレ、棺にいれてやろうと思う。  おばさんにも、それは伝えてある。本当は燃えないのはだめだろうけど、一番の供養になる気がしてね。  足元にでもいれてやろうと思って最後の別れに俺がコレをしてきたんだ。」  古びたタイピンは、哲司の胸元で、鈍く光った。私は彼の言葉に目を大きく見開き乍、そのタイピンを、ぼんやりと眺めた。
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