訃報

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実際、私の知る真のその後の噂は、哲司やその妻から聞いた話しが多かったが、私と真の出来事については哲司は何も聞かされてはいない。  だから、私も一切ソレを哲司達に話した事は無かった。哲司は、真と私が疎遠になっていったのは私の仕事が忙しく、遠方に住むせいだという認識しか無いのだろう。  「会いたがっていたよ。『あの頃は若かったな。楽しかったな。奈津美は、元気でやっているのか?』って、いつも口癖みたいにそう話していたよ。」  そんな哲司の言葉に、私はどんな顔をしていいのか判らず、少し苦笑する。その歪んだ顔が、反ってしっくりくるのが何とも皮肉だった  ネクタイ姿の哲司など、こんな事でもなければ、見ることも無かっただろうと、そんな思いから、何とはなしに哲司の胸元に目をやると、黒いネクタイには微かに見覚えのある古ぼけたタイピンが付いていた。  私は一瞬、目を疑う。思い違いなのだろうか?それはいつか、真に私からプレゼントしたタイピンに似ていた。真の就職祝いにと、当時の私にすればかなり奮発して購入したものだ。  当時はバブルの始まりと言っても、私の給料といえば、十万あるか無しかだった。  よく、テレビのタレントやジャーナリスト達が、   「あの頃は日本中に金が有り余り、活気付いていた。社長はホステス達に金をばら撒き、札束を見るのが楽しかった。日本中が浮かれた、そんな楽しい時代だった」    等と口にするが、私の周りに、同世代でそんな台詞を言う人は誰も居ない。  たまに建築業の職人や、水商売のバイトをした知人が、金回りのいいような事を言った事もあったが、せいぜい、営業マンが、接待に経費でちょっとばかりいい店に遊びに行けたと翌日喜んで話す程度である。
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