訃報

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日本中に金があるのを見たとそういう言葉を言えるのは、ごく一部の人間だと私は密かにそう思う。  もしくは当時、漸くマイホームを持ち、金が少し溜まろうとしていた今の団塊世代から上の人達が時代の恩恵にあずかり、踊らされ痛い目を見た。だが生憎、当時の私には踊るものも無ければ、バブルが弾けて、戸惑うものも何も無い。  確かに、景気は良くて世間は明るい時代だったろうが、私はある意味、バブルを知らない。  普通の小さな会社に入社し、当時給与を銀行振り込みする会社もまだ疎らだった時代、私も薄っぺらな給料袋を上司から重々しげに手渡されていた。  給料の当日は昼食代すらポケットに無い。漸く夕方受けとった給料袋を楽しみに開けると、今よりも一回り大きな聖徳太子の札が、何枚かだけ入っていた。  タイピンはそんなささやかな給料を袋ごと大切に持って、何がいいのか判らず、デパートを探しまくって悩んだ挙句に、決めたものだ。  まだ慣れないパンプスを履いたせいで、潰れた足の豆が痛かったが、手渡した時の真の顔を見た途端、そんなものは吹き飛んだ。
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