訃報

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「コレ、奈津美も見覚えあるの?」  内心、その言葉に、動揺したが「いや」と私は咄嗟に嘘を付いた。そして何となく目に留まったのだと、慌ててそう付け加える。  「そっかぁ。知らないか・・」 哲司はそう言って、深い溜息をついた。  「あいつ、コレをね、いつもしていたんだ。 オレがそれをからかってね、  『いくら、ブランドものでも、そこまで使ってもらえたら本望だから、いい加減買い変えなさい』  ってそう言ったら『うるさいな。コレはね、オレの大切な青春なの』とか言ってね。」  哲司はそう言い、神妙な面持ちになった。  「実は、事故の少し前、真とオレ、会っているんだ。その時もね、『タイピンなんて、あんまりする奴はいないぞ』って笑って言ったら、『いいの。いいの。コレには俺の大切な思い出が、いっぱい詰まっているの。』なんて、笑って言いやがった。」  「大切な思い出?」  「うん。何かの記念の品なのかな?詳しく知らないんだ。ただ、スーツじゃない時も、キーケースにいつも留めて持ち歩いていてね。    最後の夜も、『もし、オレに何かあったら、コレを墓に入れてくれよ』なんて、そう言ってさ。虫の知らせだったのかな?墓に持ってくとか言ってたの・・・。何だか気になってね。事故はその直ぐ後だよ。」  『奈津美。奈津美・・・』そう言って笑う真の顔が思い起こされた。    何故今更、あなたはこんな古びたタイピンを持って、遠くに逝くつもりでいたのだろうか?彼はこのタイピンに一体、どんな想いを馳せていたのだろう。    やりきれない想いが私を襲う。とっくに、消え去った過去の陰影。  あなたは、それに一体何を見つめていたのだろう。  「どんな思い出が、詰まっているのか気になって聞いたけれど、あいつは悪戯に笑うばかりでね。  珍しくかなり呑んだ事もあって、あの日、コレを、俺の家に忘れて帰ったんだよ。  もっとも、直ぐに、気が付いたけれどいつでも渡せると思ってさ。だから、俺、追いかけなくって・・・・。」  そう言ったまま、哲司は再び言葉を詰まらせた。哲司の握った拳が震えている。  
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