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「…父さん、僕より泣き虫だ」
「し、…っしかたないだろ。嬉しいんだから」
服の袖で拭いながら、焦ったように言葉を洩らす。
声音の端に滲む情は、違えることのない歓喜。
父の場合、それが尋常でないことは庚にも理解できた。
彼は十五年、溜め込んできたのだ。
細い肢体に薄らと浮かんだ、傷や痣。それはきっと、死に損なった痕。
痛々しい傷跡に気づいて思い出す。
自分が悪いのだと、死ななければならないのだと。
泣きながらに語った父の言葉は本物だった。
それは他ならぬ、我が子に対する想い。
――庚が気づかなかっただけで。
見えないは愛情は、確かにそこにあったのだ。
それを取り零す以前に、手に持って確かめることもしなかった。
今さらながら、自身の不甲斐なさに憤りを覚える。
何より、父に掛けてしまった言葉に。
「この前は……あんなこと言って、ごめんなさい。自分のことばかりで、父さんのことなんて何も考えてなかったんだ。許してなんて、言えるわけないけど……でも」
「――葵」
伏せ目がちに言葉を紡ぐと、それを遮るように名を呼ばれた。
視線を上げて、捉えたのは真摯な眼差し。
怒った呈でもなく、呆れた様でもない。
何か大切な想いを伝える為に開かれた口元を、知らずの内に眼で追っていた。
「気にしてないよ、父さんは。こうして葵が普通に接してくれるだけで、それだけで十分だ。だから、ごめんなさい、って謝らなくても良いんだ」
小さな子供を宥めるような口調に、胸の奥が焼け付く。
きっと、これが目の前にいる父の本来の姿なのだ。
眉を落として言い聞かせる声音は、とても心地が良いもので。
咄嗟に泣いているのを悟られないよう、俯いて隠し通す。
けれど、それも簡単に見破られて。
可笑しそうに声を上げて笑った姿に、意味もなく不機嫌になる。
「父さんも泣き虫だけど、葵も変わらないなぁ」
「……そこは父さんに似たんだよ、きっと」
庚の言葉に、納得したように頷く。
何処となく嬉しそうな表情を見て、釣られて笑みを零した。
そんな庚の様子をじっと見つめて、でも――と続けた。
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