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からんころん、と音がする。
明瞭な響きをもって聞こえたその音は、程なくして跡形もなく掻き消えた。
それを名残惜しいと思いながら、未だ続く音に耳を傾ける。
からん、ころん、と。
一定の拍子を刻んで、ようやくそれがぴたりと止まる。
傍らに感じるのは慣れ親しんだ気配。
それにまどろんでいた瞼を擦りながら開く。
土の地面か草原か。
おそらく木で出来た床だったろう。
そっと上体を起こし、傍らにいるであろうその人を見遣る。
今では見知った黒い影。
影だけではなくその実態がそもそも黒いのだ。
闇のように黒く、目を凝らして視認しなければ違えてしまうほどに。
それでいて唯一覗く隻眼は獣のように鋭い。
気を抜けば瞬時に食い殺されると錯覚を抱く。
そこまで目の前の存在は異質だった。
思うに、ヒトではないのだろう。
「ひとつお聞きしたいことが」
僅かに乾いた声音で訊ねると、男は不意に此方を向く。
それを肯定の意だと受け取り続く言葉を口にした。
「貴方は――“ヒト”ですか?」
その一言に、男の隻眼が大きく見開く。
背後に聳える木々の群れが、ざわざわと啼く。
枝葉の先には無数に光る眼。
じっと此方を凝視しているのか、僅かもぶれない。
その黒々とした塊は、周囲に広がる闇と同等。
不吉の象徴である――鴉、だった。
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