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人々の賑わう街。
見渡す限り全ての建物は木造で、歩く人々は着物や袴を身に纏っている。
特に目を引くのは腰にある刀であり、武士の存在を強調しているようだった。
いらっしゃいと客を呼び込む声には、力強さと活気が感じられ、大きく息を吸い込めば、なんだか自分の体も生き生きしてきたように感じる。
売り物は着物、簪に櫛。刀に甘味、野菜は勿論、茶屋や各専門店が並んでおり、見物だけでも飽きることがないだろう。
そんな中、人を縫うように進んでいく一人の少年は、喜々として周りを見渡していた。
(……やっぱり、癒されるなぁ)
至福のひと時だと言わんばかりに緩んだ顔をしているその少年は、人をするりするりと避けながら上手く前へと進んでいった。
団子屋が目に入り、少年が早足にそちらへ行こうとしたときだった。
「あぁ!?おい、何してんだ!」
「すみませんっ!」
「謝って済むと思ってるのか!?あぁ?」
明らかに穏やかではない声を聞いて、少年は歩みを止めた。直ぐさまそちらに走り出す。
声の方に見えたのは茶屋の娘。そして、刀を腰に差した武士であった。
(さて、……どうするか)
面倒事に巻き込まれるのは御免である。
少年と戸惑った娘の目が合った。
助けてくれというような眼差しに、少年は目を逸らして踵を返す。
(そんな目で見ないでくれ。所詮よそ者の私にはなにもできないんだ)
娘は少年の後ろ姿を絶望した目で見つめていた。
「お詫びとして、付き合ってもらうぜ」
男はいやらしい目つきで娘を見て、自分の方に抱き寄せた。
「――止めて下さいっ」
「あぁ!?茶零しといて、詫びもなしとは不躾じゃねぇのか?」
屁理屈で娘を言いくるめているようだが、他から見えないように刀をチラつかせている。
完璧なる脅迫であった。
娘の必死の抵抗は、大きな男には無意味だ。
それでも諦めず言い合いしていると、男は逆上して刀を抜いた。
「殺してやるよ。詫びときゃ良かったのによぉ」
刀を振り上げられ娘は目をつむった。
(――死にたくない )
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