第三章 節穴

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「笹川さん。どないしました? そんな顔して」 「……お春、さん」 そんな顔――というのは笹川の滅多に見れない眉間に皴を寄せた、気弱な顔。 それを見たお春は、笹川に微笑みかけた。 「近頃は怒ってばっかりやったのに、今度は元気ないなぁ。 ……何かあったん?」 笹川はうっすら笑った。 「何もないですよ。 ただ、自己嫌悪に陥ってただけで……」 「そう……。なんや分からんけど、元気出してぇな」 (なんだろう。 この感じ……私が人を騙すときに似てる) お春の声音に不信感を抱き、目を合わせるとやはり、何かがしっくり来なかった。 (なんて、人を疑うのは良くない……か) 笹川は貼付けた笑顔でお春に礼を言うと、立ち去った。 フリをして、角に隠れる。 スパイの如く、忍者の如く壁に張り付いてお春の様子を伺った。 (ふっ、疑うのは苦手だけど嘘つくのは十八番なんだ) 笹川は下唇をなぞると無表情で、お春の背中を追いかけた。 お春が厨に入っていく。 笹川は戸口の所にそっと隠れて、覗き込む。 咲とお春が並んで食器を洗っているようだ。 「……遅い。それくらいのことも出来へんの? よくそれで此処に来れたなぁ?ほんま、あんた見とると腹立つわ」 「……すいませっんっ」 ――カシャンッ 「あら、堪忍なぁ。手が滑ってしもうたわ」 何かが落ちた音がしたが笹川の所からは確認出来ない。 心配になり笹川は一歩踏み出した。 「あぁ、お咲。良かった此処にいて」 笹川があたかも今来たように咲に笑いかけると、目を細めた。 それに驚いてお春と咲は振り返る。 お春は何もなかったように仕事を再開し、咲は青い顔色のまま笹川を見つめていた。
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