壱章

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それが自分達にとって一番幸せだと紅姫は知っていた。 要らぬ知識は、桜太を苦しめ惑わせる。 知らなければ、桜太は自分の思考を読み取り狂う事もない。 「桜太、弥七様が眠る樹に今日も元気だと伝えておくれ。」 紅姫は、ぎこちない動きで山を歩きようやく辿り着いた山間の谷近くにある桜の大樹の根元に花を添えて言う。 「弥七じぃさま。おいらと紅ねぇさまは変わりなく元気だぞ。」 桜太は、大樹の根元に腰を下ろし、風化し歪に崩れた人の頭蓋骨に手を合わせる。 肉があった時には、揃っていたであろう骨は、野晒しになる内に獣に食い散らからされ四散している。 頭蓋だけは、根元の虚にはまりこみ動かないでそこにあった。 非力な紅姫には、大人をどうにかする力はなく、桜太にもまだ力はない。 故に亡くなった場所が墓となり、骸はそのまま自然に果てるに任せるしかない。 ,
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