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「あらあら、どうしたのよリリ君。額の皮膚から噴き出した分泌液が頬を伝って滴り落ちているけど」
上着を羽織ると少し暑いが脱ぐには微かに肌寒い、そんな春の日の曙ではなく夕方。夕陽の差し込む廊下での事だ。
漆で塗り固めたように黒くしなやかな長髪を棚引かせ、僕に近付いてきた女性───水方 礼亜【ミナカタ レア】先輩はそう言った。
「甚だしく汗をかいていると言って下さいよ先輩。いや、その表現もどうかとは思いますけど」
それに、と僕は続ける。
「僕の事をリリ君と呼ばないで下さいと、何度も言っているじゃないですか。僕と先輩の関係が周囲に知られてしまったら、もうこの学校に居られませんよ?」
「私には貴方とそんな危ない関係になったつもりは微塵も無いのだけれど……」
予期せず僕からの反撃にあってしまった彼女は、困ったように眉をひそめ、軽く握った手をその唇の前に当てた。
「あのとろけるように熱く甘い夜を忘れたとは言わせませんよ、先輩」
「やめてやめて。私の過去を捏造しないで」
先輩は掌を僕に向け、人聞きの悪い、と言って否定した。
「そもそもこの私が貴方程度の男と夜を共にする道理が無いじゃない。甲斐性が無さそうだもの」
「先輩はさらりと酷い事を言いますよね」
男として全否定されてしまった僕は若干落ち込まなくもなかったが、普段の自分を顧みるに文句を言えるような不当な評価とも言い難かったので、甘んじてその言葉を受けておく事にする。
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