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さすがの男も、いつものように皮肉で返すことはできませんでした。
もっとも、男が驚くのも無理はありません。顔面蒼白で震えていた美少女が突然、聞くのもはばかられるような暴言を吐き、自分は男だと宣ったのですから。
「ええ、まあ…騙されましたね。何故そのような格好を?」
先ほどから何度も直しているモノクルをまた押し上げ、男は訊ねました。
イーディスは目を逸らし、不機嫌混じりに言いました。
「これでも一応、貴族の子供なんでね。お家の事情というか…まあ上流階級には色々あんのさ」
「貴族、ですか。それにしては随分と口の悪い…」
「ずーっと女として育てられてきた反動じゃねえのか?素なんか普段、誰にも見せねえし。
これでも家じゃあ、『天使のようなイーディスお嬢様』で通ってるんだぜ?」
言うが早いか、イーディスは一変して愛くるしく笑いかけて見せます。
それはまさに天使の微笑みでした。
男は目を見開きました。
イーディスのあまりの変わりように驚いているのかと思いましたが、どうやらそうではありません。
「──イーディスだと……?」
男の様子が変わったのにイーディスは少したじろぎ、声をかけます。
「…おい、どうか」
「お前、名は何といいますか」
ところがそれを遮り、男は言いました。
余談を許さぬその口調に気圧され、イーディスは答えました。
「お…俺はイーディス。イーディス・リデル、だけど…」
その瞬間、男の雰囲気が変わるのを、イーディスははっきりと感じました。
男の紅い瞳が、真っ直ぐにイーディスを捕らえます。
正面から強く見据えられ、イーディスは更にたじたじとなりました。
「な…なんだよ……?」
「そうか…お前が……」
男はイーディスから目を逸らさず、囁くように言いました。
「……お前が、イーディス・リデル───アリスの、弟だったのですか」
今度はイーディスが目を見開く番でした。
「なっ……アリス姉さんのこと、知ってんのか!?」
見知らぬ男の口から出た姉の名に驚くイーディス。
男はしかしそれには答えず、薄く笑うと言いました。
「教えて差し上げましょう。ここは地獄や天国や、まして地球の裏側でもない。
そしてお前がイーディスならば、ここにお前を歓迎する者などありません。何故ってここはアリスの世界───不思議の国なのだから」
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