失われた絆

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 生ぬるい風が、草木を揺らす。誰も近寄ることのない薄暗い森の中に、それはあった。  鳥の囀りは聞こえず、虫の気配もない。一切の生命が姿を消した森を行くと突如として、開けた丘に出る。そこには一面の向日葵が咲き、中心には錆び付いた一本のレイピアが堅い地面に突き刺さったままになっていた。  一本の向日葵が独りでに揺れる。そこには独りの少女の姿があった。年に不釣り合いな黒いシルクハットを被った少女は、虚ろな目で力無くうなだれる向日葵達、そして錆びたレイピアを見ると、優しく撫でた。  少女の唇が僅かに動く。 「――ごめんなさい。」   この地に眠っているであろう何者かに申し訳なさそうな声で呟くと、ゆっくりと腰を上げる。  数年前……この場所は一度“滅んだ”。“呪われた少女”と“破壊の青年”の闘いの記憶……それが、此処だった。  少女の横を一陣の風が吹き抜けた。シルクハットが灰色の空に舞い上がり、ついに少女の表情が露わになる。  まだ若干の幼さが残る顔立ちに、青黒いポニーテール。それとは不釣り合いな左目の眼帯に、もう一方の藍色をした綺麗な眼には、僅かながら怒りが見えた。 「花が少し散ったんだけど?」 「知らん。時間だ。」  いつの間にか“居た”風を纏ったその女は、冷たく言い放つと、何も言わない少女の横に並んだ。 「……ここには、何もない。奴の死体があるわけでもない。」  目の前のレイピアを見つめたまま、女は近くにあった向日葵の花を毟り、切り刻んだ。黄色の花びらが風に舞う。 「あるのは、花と汚らしい鉄屑と、“忌むべき記憶”だけだ。」
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