『かがみや』始動

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一夜明けて翌日。 彼女は今、学園の教室で、昼休みを満喫しようとしていた。 母が毎朝作ってくれる、愛情のタップリ籠もったお弁当をつつきながら。 悪質な追跡者達も、彼女がこの学校と、自宅にいる時だけは、その気配の『け』の字すら見せないのである。 この場所にいる時だけは、彼女も恋に悩める普通の女の子に戻れるのだった。 その女の子に、声をかける男子が一人。 「おい、リカ」 「…あ、ケン。どうしたの? 教室まで来るなんて珍しいのね」 けだるそうな雰囲気を纏った少年は、どうやら彼女の幼なじみだったらしい。 「いや…さ、伝えとく事があって……」 何気なく呟く少年は、いつもより、どことなしか、余裕なさげに見える。 普段はあんなにふてぶてしいのに。 「……告白なら場所を選ぶべきよ?」 「…バァカ、……お前ってホントずぶといな…」 「なにそれ、失礼ね」 一連のやりとりに淀みがない。 どうやら、これで普段通りの会話らしい。 「悪いけど、今日は一緒に帰ってやれねぇんだ……悪い」 「は?」 彼女が聞き返したのは、なにも少年が約束を反故にしたからではない。 むしろ、ここ数日、少年が彼女と登下校を共にしてくれているのは、彼が善意からしているのであって、これといった依頼も、約束もした覚えはない。 むしろ、今までにも、彼の部活の日や当番の日は、そのまま帰った事がある。 本来ならば、頼りになる隣人を待つべきなのだが、彼女のちっぽけな責任感が、それを良しとしなかった。 自分の都合で、彼を拘束し、あまつさえ厄介事に巻き込めないと考えたのだ。 少女は少年の真意を知らない。 とにかく、今までにも、帰りを別にした事があるにも関わらず、何故、今日に限ってそれを伝えにきたのかが分からなかったのだ。 「この前だって、別に一緒に帰らなかったじゃない」 「違うんだ。今日はとにかく無理なんだ!」 何故、今日だけ、こんなにも焦っているのかこの少年は。 いつもながら、何を考えているのか分からないが、今日の彼は一際おかしい。
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