『かがみや』始動

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「……なんだ、どうってこと無いじゃない」 手元のコンパクトを覗き込んだリカは、ぽつりと呟いた。 少年が、あんなにも必死だったので、今日こそ何かあるのではないかと、身構えていたのだが、どうやら杞憂に過ぎなかったらしい。 相変わらず追跡者の気配は感じるが、その数が増えたりするどころか、むしろ鏡に写りこむ影すらないのだ。 どう考えても、昨日より危険度が下がっているようにしか見えない。 少なくとも、視界に入る程には接近されていないのだから。 コンパクトを覗き込む度に、物陰をちらつく不審者が見えた昨日とは大違いだ。 「……拍子抜けだわ」 数人に付け回されている状況で拍子抜けも何もないのだが、あれだけ念を押され、自身も気を張っていたにも関わらず、結果がコレでは、それも無理からぬ事かも知れない。 実際は、何者かから付きまとわれているという状況が、既に異常事態なのだが、彼女の危機感覚は、どうもこの数日で、かなり麻痺してきているようだった。 慣れとは実に恐ろしいものである。 「結局、なにもなかったじゃないの」 すぐそこの角を曲がれば、なんとも眩しい店構えが見えるはずだ。 彼女はゴールの目の前にして、ふっと息を漏らした。 つまり 『気を抜いた』 「えっ!?」 その瞬間、今までずっと後方に感じていた気配が、一気に距離をつめ、彼女へと迫った。 ほんの、ほんの一瞬の出来事。 能力と、反射による視界の両方でそれを認識した彼女はとっさに振り向こうとする。 しかし、予想を遥かに上回る速度で迫った影は、既に彼女の背後へ到達していたのだった。 視界の端に、黒いスーツが写る。 男の右手で、何かがバチバチと音をたてた。 ああ、もうだめだ。恐い。恐い。 お願い。助けて! 「……ケンっ…」
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