ようこそ『かがみや』へ

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「ご、ごめんください……」 この陰気な店に一人の少女が、まさにおっかなびっくりといった様子で入ってくる。 茶色がかったふわふわの巻き毛に、ゆったりとしたピンクのワンピース。 パッチリ開いた目で、キョロキョロと店内を眺める彼女は、まさに子犬のようだ。 とても可愛らしい印象を与えるその少女は、この陰気な店に驚く程不釣り合いな客人だった。 「わぁ……ほんとに鏡屋さんなんだ……」 少女の呟きは店に対する感想としてはまずまずといったところか。 彼女の言葉通り、店内の壁という壁に、簡素な造りの手鏡から、えらく凝った装飾が施された姿見まで、大小様々な鏡が飾られていた。 まさに鏡専門店といった装いである。 先程、彼女が開けて入ってきた入り口のドアも、よく見ればガラスではなく、両面に鏡が張られているという徹底ぶり。 右も左も鏡だらけ、薄暗さも相まってそれはそれは不気味な事この上ない。 「おやおや、お客さんとは珍しいね、いらっしゃい」 店の奥の暗がりから、男の声が語りかけてきた。 突然の声に少女はビクッと体を強ばらせる。 「おっと失礼、驚かせてしまったかな? 僕はここの店主だよ。そんなに怖がる事はないさ。まあ、さっきからこのカウンターにいたんだがね……気づかなかったかい?」 コクコクと頷く少女。 そんな暗がりにいておいて、気づけも何も無理があるというものだ。 声の主へと目を向けたならば、カウンターの向こうに一人の男性が立っているのが分かる。 だいぶ暗さに慣れてきた目を凝らしてみると、男性はトップハット---通称シルクハットを被り、タキシードのようなものに身を包んでいるという、現代では実に怪しさ満点の身なりをしていた。 胡散臭さMAXである。 「えっと……あなたが店主さん……なんですよね?」 そんな怪しげな男に再び話しかけた少女の勇気は賞賛されるべきであろう。 「その通り。ようこそ『かがみや』へ。改めていらっしゃい、どんな鏡をご所望かな?」
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