『かがみや』始動

14/16
前へ
/82ページ
次へ
少女の進路上に周り込んだ影は、目視されるまでもなく、彼女の逃走経路を変更させる。 少女の能力ならば、進行方向に反応を感じた時点で、接触を避けるために、ルートを変更するのも造作ない。 相手は少人数。 よって、どうしても包囲の手が回らない道がある。 そこを選べばよいのだから。 温厚で非力な彼女ならば確実に、敵のいない方へ、いない方へと進むのは火を見るより明らかだった。 それが罠とも知らずに…… 「はぁ……はぁ……」 彼女が駆け足でたどり着いた先は小さな空き地だった。 周りは木の塀で囲まれ、敷地内には、彼女の膝くらいまである草が、ぼうぼうに生えている。 四角に区切られた隅を見やれば、一体、誰に打ち捨てられたのか、旧式のテレビや古びた自転車……忘れさられたモノ達が、草のところどころから顔をだす。 こんな、どこかの古いアニメに出てきそうな風景が、人口過密の叫ばれる現代社会において、未だ存在していた事が驚きだ。 都市というものは、効率を求めておきながら案外、無駄の多い場所なのかもしれなかった。 とにもかくにも、こんな場所で、時代から取り残された懐かしさを発見した彼女にしてみれば、それは喜ばしい事ではなかった。 道の突き当たりに面した、高い塀に囲まれた空き地。 今は周囲に人気もない。 ……つまりはただの行き止まりである。 彼女は見事に誘導されたのだ。 空き地の真ん中で呆然と立ち尽くす少女。 その背後、空き地の入り口付近にゆっくりと姿を現した五つの影。 黒いスーツにサングラス。 日常に対して、異質すぎる彼らの身なりが、より一層、この場の雰囲気を、異常なものたらしめていた。 少女が振り向く。 男達のうち、先頭の一人が口を開いた。 「はじめましてかな、お嬢さん」 少女は答えない。 「我々は、君に直接の危害を加えるつもりはない。大人しく付いてきてくれさえすれば、手荒な真似はしないと約束しよう。……どうだね」 男の丁寧な口調は、年下に話しかけるソレであり、あくまで表面上は紳士的であったが、言葉を紡いだ高圧的な声は、それが提案ではなく、命令である事を暗に示していた。 お前に選択肢などないのだ、と。
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!

107人が本棚に入れています
本棚に追加