その男『かがみや』につき

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黒服の男達が身構える。 「……何者だ貴様」 まるで射殺すような誰何の声。 だが、それを受けた当の本人は、まるで近所の顔見知りと挨拶を交わすかのような調子で返す。 「おや、いま名刺をお渡ししたばかりなんですが……見ていただけないのでは名刺の意味を為しませんね」 サングラスの男は、足元に刺さっている紙切れを、律儀にも拾い上げ一瞥する。 「……それで、鏡売りが何の用だ。……公務執行妨害で抹殺するぞ」 わざとらしく驚いて見せる紳士服の男。 「そこは逮捕でしょう?」 「機密保持の観点から見ても、貴様の処分は確定事項だ。ただ、誰の差し金かは吐いて貰うがな」 あくまで事務的に、読み上げるような口調の黒服の男――先程、特務課室長と呼ばれていたので、やはりこの集団のリーダーなのだろう――に慌てて返事をする自称かがみや。 ただ、その様子がひどく芝居がかってはいるが。 「とんでもない! 私はただ、商談をお持ちしただけですよ」 「……貴様が持ってきたのは冗談だろう」 「おや、案外、ユーモアのセンスをお持ちなんですね室長さん」 「ほざけ、金属バット片手に商談なぞ、片腹痛い」 男の手の中で、鈍く夕日を反射し、紳士服と不協和音を奏でるソレを指差す。 「いやいや、棍棒外交という言葉もありますし、棍棒商談もアリかな、と」 「『言葉は穏やかに、されど大きな棍棒を、さすれば成功する』か」 「お見事、よくご存知で」 バットを一旦、自らにもたれさせ、パチパチとまばらな拍手を送る店主。 一見、馬鹿にしているようにも見え、実際に男達はそうとった……店主の真意がどうあれ。 「……で? 我々がそんな陳腐な脅しに屈するとでも?」 「いやだな、冗談ですよ。商談の話は大真面目ですが」 「ほう……」 サングラスの奥で、瞳がすっとせばままった。 「一応、聞いてやろう」 「おお、ありがとうございます。それでは僭越ながら」 一つ大仰な礼をしてから、口を開く。 「貴方がたの欲っする物を、ひとつ、この私がご用意してご覧にいれましょう」 「……代金は」 「とある少女から手を引いていただきましょうか」 再びの沈黙。 「交渉決裂だな。我々が欲しいのはその少女だ」 冷たく男が言い放つ。 しかし。 「ははは、ご冗談を。そうではないでしょう室長さん」 店主はからからと笑って言った。
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