その男『かがみや』につき

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「ああ、でも、お世話した事なら、あるかもしれませんねぇ……」 土管に腰掛けた男のシルクハット目掛け、弾丸が飛び込む。 しかし、反対側からまたしても聞こえる笑い声。 柔らかい草の上に、重いものが倒れる音。 男はもはや舌打ちすらしなくなった。 静かに、どうすればこの、ふざけた道化を殺せるかを考えていた。 ふと、店主の背後、伸び放題の草の中で何かがきらめくのを見た。 (あれはガラス……? いや、そうか) 先程と変わらぬ軽い発射音と共に、鉛の殺意が飛び出す。 それは例の如く、誰の肉もえぐる事はなかったが、草を掻き分け、狙いの獲物を打ち抜いた。 パリーンと、何の捻りもない悲鳴を上げて、一枚の鏡が、その身を散らす。 「はっ……『鏡を扱うチカラ』……か。なる程な」 「おやおや、バレてしまいましたか……しかし、ようやく人を信じる気になられたようでなにより」 「馬鹿を言え、誰が貴様の言葉なぞ……自力だよ、自力」 「素直じゃありませんねぇ」 続く銃声と破壊音。 空き地前の、カーブミラーが、仕事を放棄した。 「タネさえ分かってしまえば、どうという事もない。鏡、及びそれに準ずる反射板を介した、簡易版『瞬間移動:テレポート』……なんと使い勝手の悪い。同情を禁じ得ないな」 「おや? そうは思いませんけど」 「そうか? わざわざこんな、空き地に呼び込んで……仕込みは昨日からか? ん? いじらしいな」 「だから最初に言ったでしょう? 罠にかかったのはそちらですよと」 能力の秘密を看破されたというのに、いまだ余裕の表情を崩さない。 「ふん、どこまで続くやら……」 そうして、草を掻き分け、光る物は次々と割っていく黒服の男達。 巧妙に隠された姿見から、古ぼけたテレビのブラウン管まで。 途中、最後の部下が草原へと沈んだが、黒服の男だけは残っていた。 鏡は、もうない。
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