その男『かがみや』につき

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「さて、ご自慢の逃げ場はもうないぞ?」 「おやおや、これは困りましたね」 回避策を潰されたというのに、未だ余裕の表情を崩さない店主。 いや、もしかすると、これ以外の表情ができないだけなのかもしれないが。 「しかし、無くなった物は、他にもあるみたいですけど?」 「……どういうことだ」 この期に及んで、まだ何か言うらしい。 「惚けても無駄ですよ。……ベレッタ92FSバーテック、いい銃だ……装弾数は15」 「ほぅ」 「私としては、鉄砲なんてモノは恐くて仕方がありませんが、ようやく安心できますね」 ふぅ、と大げさに胸を撫で下ろす。 「つまり弾が切れたと、そう言いたい訳か」 「そう、あなたがコンバットリロードをしていない限りは、ね。……でも、あれは安全性に欠けるし、多分しないでしょう? 職業上」 「……」 しばしの沈黙を挟み、男が口にしたのは、肯定でも否定でもない、ただの問い。 「……もう、かなり古い銃なんだがな、貴様よく知っていたな」 「古い、ですか……まあ、知り合いがそのシリーズを使ってるものでね」 「そうか……なかなか握りやすいんだ、こいつは」 男は、手の中のソレを、しげしげと見つめていたが、やがて店主の前、草の上に放りだした。 「おや」 「負けだ。お前の言う通り、弾は無い。」 「……ふふん、つまり僕の勝ちですね」 「ああ」 よっこらしょ、などと言いつつバットを担ぐ紳士服の男を見ながら、男は内心ほくそ笑んでいた。 その瞬間、自らの勝ちを確信したからだった。 彼が、今となっては、もうずいぶんと古くなってしまった銃を使っているのは、ただ単純に装弾数の多さと、グリップの馴染み易さによるものだ。 そしてなにより、旧式であるが故に、こうした、なまじ詳しい人間の油断を誘えるのはありがたい。 実際に、もはや殆どの銃が、これよりも数段上の性能になってしまった。 本当ならば、最新式の信用のおける物を使うところなのだろう。 例え理由はあったとしても、基本性能の差はいかんともし難いものなのだ。 しかし、男はまったく気にしなかった。 性能? 馬鹿馬鹿しい。 なぜなら本来、彼にとって『銃:そんなモノ』は、必要ないのだから……
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