その男『かがみや』につき

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「残念だが、誰が負けたか言ってないんでな」 男は、重さを放り捨てる事によって空いた、右手の人差し指で、店主の胸元、心臓の辺りを正確に指し示した。 「はあ……私はちゃんと確認したじゃないですか、『僕の勝ちだ』って」 「すまん、生返事だ」 男が口元に、ニヤリと暗い笑みを浮かべた。 彼は能理の第三特務課室長である。 しかし、どんなに探しても、特務課の部屋は第二までしかない。 さらに、能理の公式HPだろうがなんだろうが、どの記録を覗いたところで、第三特務課なんて物は存在しない。 ……事になっている。 その、存在すら非公式な集団の、長を任されるような男が、拳銃などと軟弱な手段に頼らなくてはならない程、使えない人材のハズがないのだ。 今回の標的であるところの少女に、まとわりついていた少年……最近、ちやほやされだしたようだが、いくら彼とて、本来ならば、この男を相手にすれば、たいした時間稼ぎにすらならないだろう。 ただ、例えどんなに低い可能性としても、目撃者を増やす愚は避けなければならなかった。 彼らはそういう仕事をやっているのだ。 ……ならばなぜ? なぜ、拳銃などと。 全ては、この一撃必殺の攻撃を、確実に、認識すら許さぬ内に決めるためだ。 この店主は、男の行動が理解できないだろう。 いや、何かしらの攻撃は予測しているはずだ。 わずかな予兆があれば、すかさず回避にうつるだろう。 もっとも、予兆どころか攻撃の瞬間が分かればの話ではある。 ……まあ、それではあまりに酷というもの。 せめて手向けの言葉は贈ってやろうじゃないか。 「さよならだ、通りすがりの鏡売り」 男の指から、店主の心臓へ目掛け、一条の光線が、まっしぐらに突き刺さった。
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