その男『かがみや』につき

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男へ適当な返事を返しつつ、再び、懐から小さな注射器を取り出した。中には黄金に煌めく液体。 「な、なにを……」 「いやいや、特務というのは哀しい職業だとは思いませんか? 両親、兄弟、親友、恋人。情報機密のせいで、誰とも会えない、関われない。例え忘れたとしても、相手はそれを知る事もない。……悲しんで貰う相手がいないってのは」 「なん……」 「貴方達には不孝者になってもらいますよ、なあに、少しばかり『忘れて』貰うだけです。ほんの全部ね」 抵抗しようとするが、途端に力が抜ける。 瞼が重い。 思考が……眠…… 「そうそう。さっきの薬、睡眠薬の失敗作らしいですよ。ま、副作用があれじゃあね」 男が夢の世界に旅立つ直前、最後に知覚できたのは、腕に突きささるちいさな痛みと声。 「よい夢を、グッナイ」 ――――――――― 倒れていた男達に、次々と注射器を突き立てていき、最後の一人を忘却の彼方へと旅立たせた店主は、立ち上がり呟く。 「ま、せいぜい第二の人生、楽しんでくださいな。最初はまあ、頑張って」 ふぅ……と、溜め息をつくと、おもむろに声を張り上げた。 「頼まれた通り、君の依頼はやっておきました。報酬代わりは……そうですね、彼らを適当に運んどいて下さいな、病院にでも放り込んときゃ、なんとかなるでしょう。……まったく、相変わらず遅いですね。そんなんじゃ彼女を守れませんよ?」 空き地の入り口を背に立った店主の目には、誰も映っていない。 そして、何の反応もないが、構わず続ける。 「……やれやれ、それじゃ僕は仕事があるんでいきますよ。まあ、君と同じく暇人なんですけどね」 そう言い残して空き地から立ち去ろうとするが、ふと、思い出したかのようにピタリと足を止め、呟いた。 「そうそう……君にニンジャの才能はまったく無いらしいですよ。やっぱり」 後ろの曲がり角からガタッと小さな音が聞こえたが、それを無視して、店主は歩き去っていった。
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