その男『かがみや』につき

14/25
前へ
/82ページ
次へ
とある一室。 しっかりとした作りの椅子に、一人の男が腰掛けていた。 がっしりした体型の男は、険しい顔で、端末を耳に当てていた。 呼び出し音が虚しく続く。 既に作戦は終了していてもいい頃だ。 だのに、連絡の一つも寄越さない部下に、眉間のシワを深めつつ、先程からこれを繰り返している。 まだ作戦が終わらないとでも? おかしい。 あの男が? ……所詮はアレも無能という事か。 男は疲れたように息を吐き、くるりと、背もたれごと机に向き直った。 しかし、そこで男は驚愕に目を開く事になる。 なんと、いつの間にか部屋の中に、見慣れぬ紳士服の男が立っていたからだ。 引き出しの二番目を開け、即座に拳銃を取り出し、突きつける。 「何者だ、どうやって入った」 だが、対してその侵入者は、拳銃を向けられようが、一向に意に介さず、ただ、部屋の壁に飾られた見事な姿見を眺めながら、顎をなでつつ感嘆の声を漏らした。 「ううん、なかなか見事な一品ですね。流石、組織の幹部ともなれば、お目が高い。……ま、僕の所に来ていただければ、もうワンランク上の品をご用意できたのですが」 「……何者だと聞いている」 確かに部屋の前に見張りが立っているわけでもないが、この建物とて、充分な警備体制をとっている。 目の前の男の風体ならば、まず間違いなく不審人物で取り押さえられるはずなのだ。 ここは、それを生業とする者達の巣窟なのだから。 それが、入口どころか、組織の重要人物の目前にまで、スルーされてしまうなど有り得ない。 あってはならないのだ。 「おやおや、これはとんだご無礼を」 男は、こちらを睨む銃口に、怯みもせず、部屋の隅から机の真向かいまで歩みよってきた。 「私、こういう者でございます」 そして、いつの間に取り出したのか、小さな紙切れを差し出す。 相手が、最大級の警戒を払いつつ、白い手袋からひったくるように目を通すと、それは一枚の名刺であった。 そこには、大きく『かがみや 店主』とだけ書かれており、他にはまったく何の情報もない。 「……かがみや、とはなんだ」 「ええ、主に手鏡から姿見まで、ありとあらゆる鏡を取り扱わせていただいております」 胸に手をあて、大仰に礼をとる。 「……鏡売りが何用だ。盗みの被害届けなら、うちじゃないぞ」 「いいえ、本日は商談を持って参りました」
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!

107人が本棚に入れています
本棚に追加