その男『かがみや』につき

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「どこで……と、おっしゃられましても。貴方がたのよくお使いになる部屋ですが?」 「……あれの防音は完璧だ。盗聴器を仕掛ける暇も無いはず……」 男はそう言うが、現にこうして録音されてしまっている。 苦々しげな顔も、それが理由だ。 「いつも思うんですがね……会議室だとかは、どうしてああも、お茶を淹れたがるんでしょうか? まったく僕には理解できません。誰も飲まないのに、経費の無駄もいいところですよ」 突然、訳のわからない事を喋りだす店主。 「……ま、無くなると僕が困るんですけど」 最後の呟きは、はたして背広を怒りで震わす男に聞こえただろうか。 「てな訳でして、も一度お聞きしますが、お返事は?」 「……これを見ても、まだ聞けるのか?」 右手を僅かに動かし、黒光りする得物を強調する。 店主の態度を見ていると、どうもこれの存在を忘れてるのではないかと疑ってしまう。 「……おやあ、そんな物騒な物が! これは驚いた! ……ま、そんな事は置いといて、先程から部下の方とのご連絡はつきましたか?」 「……チッ」 部下と連絡が取れないのはつまり"そういう事" そして当然、男と、彼の部下とで、荒事に向いているのはどちらかというのは明白である。 彼は、あの冷たい目をした部下ほどに、便利な攻撃を放てるわけではないのだから。 「……分かった、商談に移ろう」 「いや良かった。その言葉を待ってたんですよ私は」 見るからに、ホッと一安心、といった体で肩を下ろす店主。 それは、一世一代の大仕事に成功した商人のようでもあった。 ……その実、その商談というのも、背広の男からすれば、ただの脅迫でしかなかったが。
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