その男『かがみや』につき

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「では、商談の方へ移らさせていただきます」 店主は、爽やかな笑顔で、懐から小さく、黒い、それでいて洗練されたデザインの端末を取り出した。 「……それは?」 「貴方がたが、喉から手が出る程に欲しいモノですよ」 ニッコリと微笑み、説明を続ける店主。 「これは、敵意や悪意といった負の感情に反応するタイプ……私がご用意した中では、一番シンプルで安価なモノですね」 店主の手の中では、端末が、激しく明滅し、主人へ危険を知らせている。 「おお、動作チェックも完璧ですね」 コトリ、と机に置かれた端末が騒がしくしていたのは、背広の男が手にとる寸前までで、今は隅々まで探るような視線に、大人しく身を晒している。 「反応しないぞ」 「とんでもない。お客様に対して、そのような感情を抱くはずがございません」 そういって、軽薄な笑みを深める店主。 「こんな不良品で信用しろと?」 「いえいえ、勿論の事、一定の期間、お客様に使い心地を確かめる為の……いわばお試し期間ですね。設けさせていただきます」 「ふん……」 「ご希望とあらば、能力の使用座標から痕跡発見までこなすモノもご用意できますが……ああ、現物をお見せした方が早い」 「……いたれり尽くせりだな」 半信半疑で男が聞き返す。 「ええ、技術は常に日進月歩。旧式と最新式では、そんなものです」 「……」 店主の言葉に、なにか引っかかるものがあったのか、男は眉間にシワを寄せ、思考を深める。 「……出所は?」 「はい?」 「こんな物を開発できる機関に、思い至らんのだよ」 いくらなんでも、店主の挙げた例は、先を行き過ぎている。 それは『表沙汰になっている技術の』ではない。 この、能力管理局の中でも、ありとあらゆる情報が集積し……それこそ、チカラの応用機器などという都市伝説レベルの技術を駆使する部署のトップたる彼が知っている科学力より、半世紀は進んでいる。 科学の世界において、その差はまさしく雲泥の如し。 具体的に言えば……今から50年も前となれば、ようやく接触入力式の小型情報端末が普及しだした頃。 彼も若い頃は二つ折りの、ボタン式の端末を使っていたものだ。 なにせ個人的には、あちらの方が使い易かった――閑話休題。 とにかく、たったいま店主が得意顔で取り出したブツが、説明通りのスペックならば、宇宙人からの技術提供を疑ってしまう程のモノなのだ。
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