107人が本棚に入れています
本棚に追加
それを聞いた店主は、口の中で何やらもごもご言っていたが。
「……ま、僕が言えた事じゃないか」
と、自己完結めいた台詞を吐いた。
「……ところで」
「はい、何でしょう?」
客の質問に対し、丁寧に聞き返す。
「これはもう、私の手の中にあるわけだが……契約成立後に、我々が彼女に手を出したら、どうするね?」
「あ、なる程なる程。その手がございましたか。ああこれはしまったしまった」
ぱん、と手を打ち、うんうんと頷く店主。
「そうですね……そうなりますと私、あまりのショックに、うっかり指が滑ってしまうかもしれません」
言いつつ懐から、先程の録音機を取り出し、震える指で押し込んだ。
今度は、今までの商談内容が朗々と繰り返される。
つまり、これが全て世間に流れると言う事だ。
ライバルの牽制どころではない。
「……と、契約内容のご確認もしていただきましたところで、色よい返事を期待したいのですが」
「……」
背広の男は、両の目を瞑り、しばし沈黙していたが突然、机を力強く叩くと、諸手をあげて、降参とでもいいたげに椅子に全体重を預けた。
「ああ! 分かった! 参った! それがお互いにとって最良の選択肢だろう。ただ、契約は守ってもらうぞ?」
「ええ、もちろん。商人は信用第一ですから」
満足げな笑みを浮かべて、頷く店主。
そして、徐に差し出された手に首を傾げる。
「……おや?」
「……む、こういう時は握手ではないのか?」
「ああ、ああ! そうですね。商談成立と言えばね、いやはや失礼しました」
お互いがお互いをしっかりと握り交わす。
最初のコメントを投稿しよう!