その男『かがみや』につき

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「……フフ」 「……?」 「いや、すまん。しかしね。君も商人ならば、最後まで気を抜かない方がいいぞ?」 突然、笑い出した男に対して、訝しげな表情の店主。 「ふふ……何をされたか分からない。と言ったところかね」 「……」 「不思議だろう? 手足が動かないというのは」 男は、握った手をスルリと離すが、店主は怪訝な表情で右手を差し出したまま微動だにしない。 そして、男はゆっくりと余裕をもって、机を回り込み、店主の隣へ立った。 しかし店主はそちらを向く事はなく、その額から滝のように汗を噴き出していた。 「自分のチカラを過信するのはよくない。……若者にありがちなミスだ」 未熟な後輩に語りかけるような口調で、しかしてその瞳は、冷たい光をたたえている。 「これは、私が預かっておこう」 男は、店主の左手から、証拠となる録音機を取り上げようとするが、それに対しても店主は抵抗らしい抵抗も示さず、交渉のカードは相手の手に渡ってしまう。 それはもはや、取り上げる、というより抜き取る、と表現した方がいいかもしれなかった。 それほどスムーズに。 「『人を支配するチカラ』……まさしく私に相応しいチカラだとは思わないかね?」 たらり、と店主の頬を、首を、汗が伝う。 「もっとも、神経から生体電流に割り込むだけだがね……接触発動とはな、効果は絶大だが、使い難くてかなわん」 彼のチカラは、相手の神経や血管を通じて、微弱な電気信号を強制的に流し、体のコントロールを簒奪するというもの。 「君の手袋が薄手で助かったよ」 よほど厚着でもなければ、効果を発揮するとはいえ、敵と接触しなければならないというのは、なかなかに使い辛い。 それに、狙った効果を最大限に発揮するには、人体の中でも、特に神経の集中する場所……俗にツボと呼ばれるような、スポットを知り尽くしていなければならい。 しかして、彼は、長年の経験により、その殆どを網羅していた。 どこを触れば、どうなるか。 もはや無意識の内である。 そして、このチカラで、今の地位を築き上げ、維持してきた。 彼の前に引き出された者は、どんな反抗も、隠蔽も、許されないのだから。 「とにかく、誰であろうと、ただ私の指示に通りに動けばいいのだよ……君もな」 店主の顎からポタリと水滴が垂れた。
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